君の笑顔とあめ細工の心

「今日も地球は回り続ける」

「でも」

「君がどんなに自分の存在を嫌っていても」

「君がどんなに人から必要とされていなくても」

「君がいない僕の世界はモノクロだ。」

「僕らで笑いあったあの日が、もう戻らないことは知っているけれど。」

「それでも、僕は君にもう一度だけ、会いたいんだ。」

蒼い蒼い冬空を仰ぐ少年をとりまく冷たい風はその言葉をフェンスの先へと運んだ。

漆黒の前髪が小さく揺れる。

フェンスに括り付けられた折鶴は小さく翼をはためかせた。

その再生紙に書かれた赤いインクの100。

少年は小さく微笑みを浮かべ、ふっとそれを光にかざした。

 

ちいさく煌いたそれは鶴が流した涙のようだった。

 

「君の笑顔を僕は明日も忘れないよ」

 

そして、足元を。

 

 

君の笑顔と飴細工の心

 

 

めまぐるしくもない毎日は、色のない教室で過ごしていた。

同級生の笑い声が弾ける中、本を読んで過ごす俺の毎日は。

単調で、それ故に退屈で。

そんな日々に色をつけていたのはいつも彼女だった。

 

「シンタロー!おはよう」

チェックのスカートを揺らし、笑みを浮かべる少女。

純粋で、笑顔が似合う君は言葉を続けた。

「ねえねえ、今日の通学路で捨て猫を拾ったんだ。

頭なでてあげたら、嬉しそうに鳴いてくれたんだ」

ふふっと微笑みを浮かべる少女は手振り身振りを付け加えて話す。

 

ふわり。

視界の端に映る君の瞳に影が宿った気がした。

 

「風が強いね。窓を閉めようか」

つぶやいた声も虚ろで。

 

灰色の世界は今日も変わらない。

窓際に座る君の手には桁の低い点数が書かれていて、また照れくさげに笑う。

「私馬鹿だから」

あきらめの憂いの色を秘めた瞳で笑う君はどことなく儚く見えた。

 

* * *

 

「答えが見える世界なんて、僕はいらないよ」

「何もかもが分かることが素晴らしいなんて思わないんだ。」

俯きながら少年は屋上で呟いた。

 

「ほら」

風が嘲笑った。

 

* * *

 

冬の初めだった。

学級委員という厄介な仕事を押し付けられた俺は、放課後教室へと行く羽目になった。

切なさを抱いた夕空が君の涙を淡い橙色に光らせる。

あふれる君の涙は机の上を転がり、赤いマフラーに濃いしみをつくる。

「私を必要にしてくれる人なんているわけないもの」

ふふっと涙目で笑う君は道化師のようで。

扉を開けようとしてそのまま、小さく閉めた。

知らなかった。

君がそんな風な深い深い傷を負っていたことに。

 

いや。

俺自身がその事実から目を背けていただけじゃないか。

あの自嘲するような君には似合わないあの笑顔も。

傾いだ瞳も。

虚ろな声も。

「今日も地球なんて見えないよ」

そう呟きたかったのはどっち?

「消えたい心に触れないで」

そう叫びたかったのは君の方?

 

俺の隣で笑う君は、その次の日、いなくなった。

 

隣の席に置かれた一輪の白銀の花。

それらが現実を否定し続けた俺を突き刺した。

 

辛くて。悲しくて。

そんな感情をひとつずつ殺していた君は。

それを隠して笑っていた君は。

君は。

 

自分を殺していたんだ。

そして。

そんな嘘でできた笑顔を笑う自分が。

君は。

 

嫌っていたんだ。

許せなかったんだ。

 

ふと、風が隣を通り抜けた。

 

* * *

 

もう無いぬくもりを、もう無い笑顔。

それはもうどんなに手を伸ばしたって、届くはずはもうない。

 

「ねえ」そうっと僕は問いかけた。今はなき大切な友人に。

「やっぱり君は馬鹿だよ」ぽつり呟いた。

 

そんな君を愛す人なんていない、なんて君は思っていたの?

落ちる涙を拭いながら、君に問いかけた。

 

足元に埋め尽くされた花束を見つめながら、君に問いかけた。

 

ねえ、君はさ。

君は、こんなにも皆からさ、必要とされていたんだよ。

 

* * *

 

空は高く高く、憎らしい程に碧い。

君の分の缶ココアを置いて、自分の分のプルタブに手を掛けた。

 

かちり。

一口、口に含んだまろやかな苦味を伴った甘味。

心情そのままのそれをまた一口。

「ねえ。」

「もう君には会えないけれども」

「もう君と笑い合えないけれども」

「もう同じ空を仰ぐことができないけれども」

 

「僕の想いを、冬の風に預けるよ」

 

そっと、言葉を紡ぎ出した。

「君のことが嫌いだったよ。

消えたい僕…俺の心に触れようとしたんだから。

握り締められたその手の温もり。

『一緒に帰ろう』

夕焼け道でそう言ってくれた笑顔。

それらが俺は好きだった。

 

でも、そんな君はもういなくてさ。

 

俺が目をそらしたからその笑顔は見れなくなってさ。 

君のその傷ついた心を抱くことが俺にはできなくて。

本当に馬鹿みたいだ。」

 

赤い瞳に夕焼け色の涙がにじむ。

 

「ごめん。また君を泣かせたよ。

 ごめん。君の傷に気づけなくて。

 そして。

本当にありがとう。

 

想いは風化せず、記憶は永久に。

 

泣きながら呟いた少年は最後に一輪のカンパニュラを空へ。

ドライフラワーのそれを風がさらってゆく。

 

空に淡い桃色が描かれる。

 

「さようなら」

少年は笑った。そっと涙をこぼしながら。

 

*  *  *

 

「ありがとう」

少年のカンパニュラを腕に抱き、微笑む少女はその後ろを見送った。

突き放すような冬の香りを仄かに香らせ。

 赤いマフラーを巻きながら。

 少女は花束の中、笑みながら座り込んだ。

 

風となった少女は、花束の中笑みながら座り込んだ。

零れた涙は夕焼け色に染まって、消えた。 

 

 

(君とともには歩めない)

(私が道を誤ったから)

(代わりに願うよ)

(あの日二人で笑い合いながら仰いだあの空から)

(君の幸運を。)

(君の幸せな未来を)

 

 

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