雨音響く曲がり角と嘘つき少年

その日は厚い灰色で塗りつぶされていた。

それの間を時々稲妻が走ってゆくそんな昼下がり。
幾度も曲がり角を曲がったその先で

俺は、笑わないお前を見つけたんだ。

 


雨音響く曲がり角とうそつき少年

 


「まだ帰ってこないの?」
昼餉の茶碗を洗っていたマリーは何気ない様子で俺にそう尋ねた。
誰のことなのかなんて、分かっている。
あの、いつも満面の笑みをたたえている、幼馴染。
灰色のパーカーを羽織って、昔俺の存在を認めてくれた、少年。
カノは、ふらり散歩へと出かけてそれきりだ。
カノは昼餉前に帰ってくるはずだった。
ちらりと時計を盗み見る。
短針は1の位置を指し示す。
一つ溜息をついてマリーに言葉を返す
「そうみたいだな。そろそろ帰ってきてもいいはずなんだが」
自然と言葉に焦りが滲む。
そうだ。いつも俺の傍にいてくれるからついいつもこう思ってしまうんだ。
――カノはいつでも隣にいる
そんなの確証があるわけではないのに。
だから、隣に温もりがない時不安になる。
「あれ?カノ、傘忘れてるよ」
戸口を覗いていたマリーの声。
ありえない。
几帳面なカノに限ってそんなことがあるわけ、ない。
「きっとこれで帰って来れなくなっちゃったのかな?」
顔を再びリビングに覗かせた白髪の少女の手には漆黒の折り畳み傘が握られていた。
間違いなくカノの物だ。
マリーの言う事が一番可能性はある。
けれども。
それだけじゃないと小さく訴えかけてくる何か。
それは、長年同じ時を過ごしてきたからこその勘。
そして一つの考えに思い当たる。
…わざと忘れたかもしれない。
カノは俺らに一番近くて、それでいて一番孤独な奴だ。
雨音が部屋に響く。
「俺が、カノを迎えに行く」
そう告げて俺は小雨降る外へ飛び出した。

 

暗く淀んだ雰囲気を纏った町は俺をカノに会わせる事を拒んだ。
いくら探し回っても、普段行く事のない路地裏に入ってみても、そこに探す少年の姿はない。
漆黒の傘で氷雨を跳ね返す。
その間に俺はカノを探し続けた。
左折して。右折して。
迷って。また戻ってきて。
そして直進して。
幾度目かの曲がり角を曲がってふと俺は小さく笑った。
まるで、俺の心みたいじゃないか。と。
先に何かがあると信じている姿。
それにたどり着くため右往左往する姿。
それはなんとも滑稽だった。

丘の上から、閉じられた世界を見下ろす。
先ほどから変わりのない町が目の前に広がる。
閃光が空を駆ける。
進んでゆく時計を見ると3を指す短針。
もう、とっくにカノは帰ってしまったのだろうか。
ひとり、小さく空に呟く。
「戻ってきて」
「お願いだから。」
「私の傍にいて」
雨は降り続ける。

 

曲がり角を左に曲がって、直進。
道なりに歩くその先、灰色のパーカーが蹲っていた。
フードを後ろに回したその手は硬く握りしめられいて。
雨に濡れたその背中を軽く叩く。
そして、何も答えないパーカーに話し掛ける。
「何故、傘を忘れたのか?」
静寂の時間が訪れる。
そして全てを理解したようにパーカーは言う。
「そういう気分だったから」
顔を上げて微笑むカノ
だけどその赤い目だけは笑っていなくて。
ああ、欺いているんだなって分かった。
傘をカノに譲る。
冷たい雨が身体を蝕み始める。
驚いたように俺を見上げるカノ。
「僕はいいよ。もうこんなにも濡れちゃったから」
そして、傘を見て小さく笑う。
赤色の消えた瞳で。
自虐的な笑みを俺に見せた。
「黒は嫌いだな。
全てを塗りつぶしてしまうから。
嘘も真実も。全て。
それがいいのか悪いのか、僕は分からない。」
「そうか。
お前にとって、笑顔は全てを塗りつぶしてしまう色なのか」
俯けていた顔を上げながら問いかけるように言葉を紡ぐ。
カノはもう笑っていなかった。
代わりに複雑な色が浮かびあっていた。
悲しみや怒り、諦め。
そんな負の感情が読み取れる顔とともに吐き出される言葉。
「うん…。そうだよ。
僕は、嘘をつく事で自分を守った。
それとともに自分が分からなくなっていくんだ。
もう、本当の僕を僕は見失ってしまった。
僕は分からない。」

 

そして。

雨音響く曲がり角でぐしゃぐしゃに顔を歪める少年。
雨音響く曲がり角で少年のくせっ毛をかき回す少女。
降り続けた雨は、小雨へ。

 

そして。
俺はカノに囁いた。
「俺が見つけてやる。
俺が、お前を…見失った本当のお前をいつでも見つけ出してやる。」
そして誰も聞こえない声で呟いた。
「お前がそうしてくれたみたいに。」
カノは本当の笑顔で俺を抱きしめた。
雨音に消え入りそうな声で告げられた言葉とともに。
「ありがとう。」

その曲がり角にもう雨音は聞こえない。

「帰ろう。」
俺がそう言うとカノは頷いた。
夕焼け色に染まったアスファルトを踏みしめ我が家へと戻る。
どっちからともなく繋がれた手を、お互い離さないように握り締めながら。

 

 

(笑わないお前も笑うお前も)
(俺にとってはお前だ。)
(それがたとえ嘘であっても同じ)
(そんなお前が俺は好きだから)
(この曲がり角で俺はそう思いながら空を仰いだんだ)

 

 

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