春風ボイス

ふと、それはあふれたのだ。

 

 

春風ボイス

 

 

それはいつから心を疼かせるのだった。

暖かくて、でもどこかくすぐったい何か。
ほのかに甘酸っぱい春風はくすり、笑うように飴色の前髪を撫でて行った。あなたはわからないの?

わからないよ、だからみつけにゆくんだ。
桜色の空を見上げて、笑みながら呟く午後三時。
ポケットにあったキャラメルのクッキーをひとつ、かじった。
ほろり、それは呆気なくくずれて。甘い甘い風味だけを残して消えてしまった。

 

ああ、どうしてもおもいだせない。あのこえのもちぬしを。


真っ白いひつじ雲が空をかけてゆく。
ひらり。桜の花びらが灰色のフードへといちまい、にまい。
そっとすくい取ってひだまりにかざしてみる。
きらきらと花びらはひかって、光に溶けていった。

ああ、きれいだな。「  」にみせたいな。
あれ、誰だっけ?新緑の髪を揺らすあの子は。
そんなことを思いつつ、そっと微睡みへと溺れていった。


さらさらと砂のような声は彼の耳に届かないままで。

 

「カノ?」
その温もりと優しい声が夢に落ちていた僕をすくい上げた。

わからないなにかはそっと、やさしくゆれた。
右手に重ねられた左手。あたたかなひとの体温。

まあ、いいや。そんなゆめだったんだ。
「ああ、キド。おはよう」
あくびをひとつ。伸びをひとつ。
「…心配したぞ。よほど疲れていたんだな。」
呆れながらもほっと笑んだ君はひだまりに似ていて。
こつん、と指で頬をつつかれる。
「ひい…やめてよ…。あ、キドがこんなことするなんて明日はやりが降ってくるよ」
「馬鹿言うな。」


微笑む君を見て、なぜかくすぐったく思ったのはきっと気のせい。


「キドー。お腹すいた。」

時計が3を指す柔らかな午後。
キャラメルクッキーをかじる少年と紅茶をすする少女の緩やかな春。
テレビのキャスターは桜前線が順調に北上中であることを伝えていた。

 

 

(きっとそう思ってしまったのは)

(君が優しい春風のような声で笑うからなんだ)

 

 

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