ただ一発の弾丸に愛を込めて




 レオはキスをするのが上手い。レオが目を細めて、その荒れた指先で泉の輪郭線をするりと撫でたら、それはキスをする合図だ。あっ、と思う隙もなく、五秒後に泉のくちびるを奪っている。レオと泉を繋ぐ数は、いつも五だ。五個のシュークリーム、五曲のアルバム収録曲、五人のユニットメンバー。そんなとりとめのないことを考えているうちに、レオのくすんだくちびるが押し当てられる。

 レオのくちびるはかさついている。リップクリームを塗ることを、レオはひどく嫌がるからだ。曰く、変な油を塗りたくられるとぞわぞわする云々。一応アイドルとして活動しているならば、そういった些細なところまで気を配るのは当然なはずなのだが、レオに何かを言ってみた所で伝わるはずが無い。
 辛抱しきれなくなった泉が無理にリップクリームを塗ってやったところでただの徒労である。いつの間にか違和感に耐えられずに、レオはぺろりと自分のくちびるを舐め上げてしまうからだ。そういう理由で、キスをするときに泉が初めて知覚するのは、かさかさに乾ききった不快な感覚だ。だけれども、そんな不快さをすぐに消し飛ばしてしまえるくらいには、レオはキスが上手い。

 憶測にすぎないが、恐らくレオはバードキスがいちばん好きだ。軽く、ついばむようなくちびるに、すぐ泉は翻弄されてしまう。上くちびるに押し当てられた熱にびっくりしている内に、今度は下くちびるを狙われる。
 レオのバードキスは狙撃みたいだ、と泉はよく思う。ずどどどど、どどん。どれだけ避けようと足掻いてみても、銃弾は的確に。恐らく五連射の散弾銃、その一発一発が、泉を翻弄して動けなくする。
 そうしてすっかり動きの鈍くなった泉に、レオはまた違ったキスを仕掛けてくる。ついばむようなキスから、噛みつくようなキスへ。レオは、泉を傷付けることを嫌がるので、けしてレオのとがった犬歯がレオのくちびるに当たることはない。そういう所は、つくづく器用な男だな、と思う。器用なところを、こんな所で発揮する必要は全くないんじゃない?とそれくらいの思考はまだ回る泉だが、くだんの散弾銃に撃たれてしまったので、言葉を発するための口も身体も思うように動かない。
 為されるままに。レオのかさついたくちびるに、泉はすっかりいただかれてしまう。痺れてしまったようで動かない身体に、どうにか鞭を打ち動かして薄目を開けてみれば、それに気づいたようにレオの方も瞼をうすらとあける。
 隙間から覗く、うつくしい緑。
 五千数百の星の散った、宝石をかためたみたいなその目が、泉だけを見ている瞬間が、どうしようもなく好きだ。射るような鋭さを内包したグリニッジグリーンが、集中しろと言わんばかりの熱を泉に対してそそぐので、仕方がなく泉は瞼を閉じて、視覚を遮断する。そうして無防備に晒された泉のくちびるに、なんどもなんども噛みつくようなキスが降る。たわむれにレオのそれが、泉の上くちびるの肉を食むのが、どうにもくすぐったかった。

 そうしてくちびるを食まれているうちに、レオから与えられる口づけが、段々と物足りなく思えてしまう。レオは、泉がいちばんなにを欲しているのかを分かっているくせに、そのいちばん欲しいものを与えてくれない。散々煽るだけで煽って、泉を焚きつけるだけ焚き付けて、泉がそれをねだる瞬間を待っている。
 狡い男だな、ともうすでに五万回は下している評価に、今日もまた辿り着く。ほんとうに狡くて、臆病な男だ。レオが、泉がいちばんなにを欲しているのかを分かるくらい泉自身のことをわかっているのと同じだけ、泉もまた、レオのことをよく分かっている。レオは、踏み入れることを求められないかぎり、けして泉という存在に踏み入れない。その律儀さが、今日の泉にはとてもいじらしく思えた。ああ、腹が立つほどに、狡くて憎くて、いとおしい男だ。

 セナ、と砂糖菓子も溶かしたような声で、レオがあまったるく泉を呼んだ。間抜けそうに開いた、かさかさのくちびるが目につく。泉を翻弄してばかりで、泉のいちばん欲しいものをねだるまで与えてくれないくちびる。五連射の散弾銃のせいでからだは満身創痍、なまじキスの上手いせいで腰が抜けてしまいそうな中、泉はなかば無理矢理自分のくちびるを押し付けてやる。そしてそのまま、自分の舌を差し込んで、相手のそれを絡めてしまう。至近距離にある、見開かれたうつくしい緑が揺らいでいる。突然のことにレオが戸惑っている様子が、ありありと分かった。
 ざまあみろ、と泉は心の中で笑ってやった。いつも俺にばかり強請らせるから、こうやって足元を掬われるんだよ。れおくん。愉悦に浸りながら、泉はレオの舌を、慣れないながらも翻弄する。熱を押しつけあって、ぐずぐずに熟れるまでとかして。得意げな顔をした泉が、けだものの目をしたレオにすっかり主導権をとられてしまうのは、二人を繋ぐ5秒後のことである。

(20171116/ただ一発の弾丸に愛を込めて/レオいず)

▷突発的ワンドロの産物。キスが上手なレオくんは可愛いなあという話。泉くんの体格が華奢ではなく、身長に関していえばレオくんよりも数センチ高い事実に、日々悶えています。体幹がしっかりとしているのだろうな、と思います。
/2017.12