無題/20140623

雨は、まだやまない。


緩やかに息をついて、それから梢はついと視線を空へと向けた。熱く垂れこめた灰色の雲からは未だに止みはしない小雨が降り続いていた。
当然といえば当然だろう。今は、六月なのだ。鮮やかな色で誇り高く開いた紫陽花のちいさな花弁にまたひとつ、水道管から伝う雨粒が音を立てて跳ねた。
うすねずみ色の古びた校舎はさらに重たい色をまとって、皮肉なほどにこの天気によく似合っていた。むき出しの鉄筋コンクリートが雨ざらしにされて幾年か、錆色に変化するほどに、この校舎は長い時間を抱いている。その様子に梢はまたひとつ小さく息をつく。昔からの生命のサイクルのひとつである、肺呼吸はここでもまた、ひっそりと行われていた。

雨は、まだやまない。

梢は少しだけ身じろきをしてみせる。肩に掛けられた、雨にしっとりと濡れ、濡れ鴉の羽のような重い上着。それにつられて、足元で規則的なリズムを刻む水溜りに落ちた。
明らかに梢のものではない、堅くこわばった上着はゆるりと浸食されてゆく。きっかり10センチで折られた袖部分に、梢は呆れがちに笑ってみせる。きっと彼女が強がっていることなんて、誰も知らない。先ほどまでの動揺は、すでに梢の心の奥底に仕舞われた。水溜りに手を伸ばし、拾おうと試みる梢の表情は、艶やかに濡れた黒髪に隠されてしまった。梢の表情は、規則的に雨粒に揺られる水鏡しか知りえない。

校舎脇のトラックは素知らぬふりをして、降り続ける雨に小さく舌打ちした。ノイズがかった風景の一場面に、梢は誤魔化すかのようにため息をつく。そうだ、いつも通りの日常に戻ってしまえばよい。この切りつけるような胸の痛みも、雨の内の秘め事もぜんぶここに置いて行ってしまえばよいのだ。

不安定に反響する雨の涼やかの音に、梢は苛立ったかのように眉をひそめる。湿った校舎の壁を荒々しく蹴って、それから梢は小さく言葉を紡いだ。

「ばかだなあ」

少女のか細い声と、誰も知ることのない静かな動揺は、26℃の気温と憂鬱な雨に融解する。


雨は、まだやまない。

 

雨宿りをともにしていた少年はすでに去ってしまった。幼い子供のようなあどけなさと、品行方正は一面を兼ね備える、梢の大切な幼馴染。双子のように育った彼と、今日も梢は緩やかに坂を下るつもりだったのだ。梢の華奢で柔い肩。それを寒さに震えた手のひらで柔く触れたのは、彼だった。濡れ鴉色をした上着を彼女に被せ、さびしげに笑ったのは、彼だった。回想する梢のまぶたの裏には壊れてしまったビニール傘と少しばかりの真剣な色を宿した目の彼の整った顔立ちがついと浮かび上がる。ゆるりと絡められた指先から伝わるのは、微かに熱を帯びた体温。強張った少年の指先によって緩やかに閉じられる刹那、梢は見知らぬ青年を見た。


雨は、まだやまない。