光舞う夜空に暖かな調べを


 

 

 冷たい夜風が僕の頬を切りつける。

赤や緑、白の光に彩られる町を嬉しそうに君は見下ろす。

その瞳を明るく輝かせながら。

 

 

光舞う空に暖かな調べを

 

 

きっかけは昨日の昼下がりだった。

 

うららかに晴れた空のもと、ギターの弦を一本弾く。

ぽおんというぐぐもった響きが雑踏へと流れてゆく。

また一本、また一本と弾く弦の音は重なりあってひとつの旋律を生み出してゆく。

その旋律に身を任せ、楽譜に旋律を書き込んでゆく。

「フラットをこの音にかけようかな」

そうひとりごちながら、楽譜に屈みこむ。

 

はらり。

一枚楽譜が雑踏へと流れてゆく。

慌ててそれを追いかけると、肩にそれが舞い降りる。

 

「はい。これ紅葉のでしょ。」

 

そう言って嬉しそうに笑む少女が目の前にいた。

「柚子…」

そっと君の名を呼ぶと君は笑みを深める。

木枯らしが君の栗色の髪を揺らした。

「ありがとう」

洒落た漆黒のコートに身を包んだ君は僕の隣に座る。

そして焦げ茶色の鞄からパソコンを持ち出し、小説を書き始める。

「今日はどんな物語を書くの?」

僕がそう問うと君は嬉しそうに答えてくれた。

「今日は、空を仰ぎ続ける歌語りの話にしようかな」

 

君の小説は短編が多い。

そして、いつも心に何かを残してくれた。

 

せきをひとつしてから僕は答えた。

「面白そうだね。」

「うん。でもその歌語りは故郷がないんだ。

故郷を失った際にお兄ちゃんと慕っていた子もいなくなっちゃう。

ひとりなんだ。

でも心の中には在る姉弟がいて、寂しくないんだ。」

ふわりと微笑む君の瞳に迷いはなくて。

 

ああ、もう君は寂しくないんだって思ったんだ。

 

しゃらり。

どこからか鈴の音が聞こえた。

 

「そっか。」

 

そうか、明日は。

 

「クリスマス・イヴ」

 

ぽつり、誰にも聞こえない声で呟く。

幻想的なイルミネーションが夜を彩る、奇跡の二日間。

 

後、何回その奇跡の夜を見る事が出来るかな。


儚げに笑い、自らの胸に手を置く。

そこに在る、確かな鼓動。

ただ、打つ早さは一定ではなく、やや早め。

それが、僕の灯火のリミットを表していた。

 

今年で最後なら。

せめて、最後の年くらい。

 

想いを寄せる人と、奇跡の夜を。


隣で小説を書く君に一つ声を掛けた。

「ねえ、明日って夕方空いている?」

「空いているけど?どうしたの」

首をかしげながら君は訊ねる。

「じゃあさ、明日の夕方からさ」

 

クリスマス色に染まる町を、見に行かない?

 

 

しゃん。

 

君の髪飾りにつけられた鈴が僕らの間に響く。

隣で君は嬉しそうに微笑む。

 

伝わる温かさと繋がる手。

 

「きれいだね」

そう呟く僕は片手でギターを取る。

せきをしながらギターの弦の微調整をする。

「弾いてくれるの?」

こくりと頷くと、君は幸せそうに言ってくれた。

「ありがとう」と。

 

ああ、君が幸せならば。

僕は何もいらないよ。

星屑煌めく世界。

君と二人でそれを眺める夜。

明るい眼差しでクリスマス色の町を見下ろす君へ

僕は小さなバラードを贈ろう。

 

嘆く夜は君とともに。

微笑む夜も君とともに。

悲しい事だって。

嬉しい事だって。

二人で分け合えば乗り越えられる。

さあ

光舞う空を

君とともに。

lalala

ほら、夜風が僕らを呼んでいる

ほら、街が僕らを呼んでいる

 

君の幸せを見つめるだけでいい。

憂いを帯びた暗い瞳で見つめていた君が。

嬉しそうに笑っていてくれれば。

君が幸せそうに笑う時を分かち合う人が隣にいてくれれば。それで。

それが僕じゃないことを僕は知っているけれど。

 

「暖かい曲だね。」

君は笑みながら囁いた。

 

「紅葉の心が温かいからかな?」

 

くすっと恥ずかしげに笑う君は少しばかりいつもより素直だった。

「ありがと」と返せば、また少し笑う。

「ずっとこのままで紅葉といたいな」

そう言ってくれた君に僕は少し間をおいて返した。

 

「心はずっと。君とともに在り続けるよ」

 

街の時計台の鐘の音は、最後のクリスマスの訪れを告げた。

 

 

(響く鐘の音が)

(まだ見ぬ明日と死への一日を告げている)

(君が笑っていてくれるだけで)

(それを恐れる僕の心は軽くなる)

 

 

 

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