夏の終わり、君と笑う

その時揺れた、君の瞳は。飴色は。

君から伝わる暖かなぬくもりは。
耳元で告げられた君の言葉は。

花火が夜空に、咲いた。


夏の終わり、君と笑う。


「お祭り、行かない?」
そんな言葉を言われたのはつい先ほど。口元を緩めて笑う隣の猫目の君から。
初夏の風に揺れたカレンダーはすこしせっかちで9月という数字をはためかせた。
気だるげにソファに寝そべる君はひらひらと手を振った。
「いや、さ。終わる前に一緒に見に行きたいんだ。」
何をだと問いつつ雑誌を一ページ、2ページとめくった。
すると君は無邪気に、まるで悪戯をしかけたあの頃みたいに。
くすり、と飴色の目を細めながら笑ったんだ。

静まることのない虫の声が響く。
そっと気づかれないように留めた赤い髪留めで留めた前髪を揺らしながら、ふと空を見上げた。
「夏が、終わるな。」
知らず知らすのうちに零れた言葉は少しの哀愁が込められていて。
「うん、そうだね。終わっちゃうね。」
隣を歩く君もそう言いながら笑った。
その言葉に寂しさが混じっていることに気づかずを少し先を歩いた。
ふう、と息を吐く。

「長かった、な。」
色々なことがあった夏だった。
ひとり、またひとりとにぎやかになったアジトの中で知らずのうちに笑いを零すようになった、そんな夏。
団員に保護された少年が語った「終わらない夏」からお姉ちゃんを助けることを誓った、夏。
その夏の中、出会った蛇の少女から告げられた、帰るための代償。

「小娘、坊主。お前たちが帰るためにはカゲロウデイズに関しての記憶と日々を全て、」
なくさなければ、ならない。
それはお姉ちゃんの家で過ごした温かい記憶、雨降りの中手を握って笑ってくれた君の笑顔、その全てを失うということ。

だからこの夏は。
(…団員たちと、君といられる最後の夏)

「八月の最後の日。お前たちの記憶と日々は消えてしまうだろう。
カゲロウデイズはその時、私が閉じる。」
薄く笑った少女は白髪の少女の頭を撫でて心底嬉しげに笑ったのだ。
「マリー。このことを決して繰り返してはいけないぞ。賢いお前なら分かるだろう。その力があるとしてもそれは封印しなさい。」
そして蛇の少女は微笑んだ。メカクシ団員たちに。
「この残された時間は、最後の時間くらいは大切な人と過ごしなさい。」

「キド、大丈夫?」
心配そうに覗き込んだ君に頷いてまた一歩、一歩とアスファルトを踏みしめた。
ぎゅっと溢れてくる思いを噛み締めて私は笑った。
「行こうか、花火」

いつからだったのだろうか。
二人の幼馴染のなかで、飴色の少年が特別になったのは。
君はいつだって笑ってくれた。
見つけて、と泣く私をぎゅっと抱耳元で囁いてくれたんだ。
「僕が絶対に見つけるから。だから、安心して」
伝わる温もりがひどく安心できて息を吐けば君はほっとしたように口元を緩めるんだ。
「大丈夫だから。いつだって君の隣にいるから。」
はい、そう差し伸べられたその手のぬくもりと笑顔は今でも焼きついている。

消えてしまうとき、一番最初にぼろぼろと泣く私をほっとしたように笑って抱きしめてくれたのはいつも君だったのだ。
それから、先頭で皆を引っ張ってくれたお姉ちゃんがいなくなって。団の先頭に立つ役目を引き受けて。
団員たちと仲よさそうに笑う君が隣にいてくれるか不安になったりして。
それでも。
あの頃から少しだけ背が伸びた君は隣でいつだって笑ってくれていたのだ。

「花火、早く行かなきゃ。終わっちゃうよ。」
とんとんと肩を叩かれて「そうだね」と笑った。
ざわめく人混みに混じってひとつ、ふたつと無数の灯りが夜の中で灯る。
太鼓とお囃子の音が耳を掠めた。
慣れないサンダルで君に手を引かれて小走りに。
ゆうらりと提灯が屋台の先で揺れた。

もどかしく感じてしまう時があるのだ。
この距離感に。君が笑って私も笑う、そんな幼馴染としての関係に。
手を握れば、握り返してくれる。
笑ってみれば、嬉しそうに笑う。
幼い頃から変わらないその関係に何故だかきゅっと唇を噛み締めるのだ。
笑いかけるその飴色の瞳に魅入られそうになったり。
名前を呼ぶその声に何かが揺れたり。
きっと飴色の少年は知っているのだろう。その思いの答えを。

色鮮やかな屋台の灯りとちゃぽんと尾びれを揺らす金魚たち。
その間を手を引かれて通り抜ける、私たち、ふたり。
そのなか一際鮮やかな色の飴屋の前で君ははた、と立ち止まった。
「ちょっと待ってて。」
そう笑って君はきらきらと宝石のような赤い飴をふたつ。銀色の硬貨を握り締めながら買いにいったのだった。

くるくると響く太鼓の音と、波紋で揺れる灯りのなかを泳ぐ金魚たち。
こんな色鮮やかな夏の日に君との思い出が硝子のように砕け散ってしまうのは。
(…いやなんだ。もう少しだけ、あとすこしだけ君と。)
(できるならば、)

「花火、見に行こう。綺麗な場所があるんだ。」
その声に寂しさとほんの少しの悲しさが混じった気がしたのは、気のせい?
23:50を指し示す時計を見上げて小さく息を吐く。
渡された赤いりんご飴を舐めて、甘いと思った。
君の笑顔をみて、時間が止まってほしいと願った。

そして君はぼんやりと提灯の灯る屋台のその先へと歩き出した。

それは優しくて鮮やかな、夏の終わりの夜のこと。

「着いたよ」という声でそっと顔を上げてみれば、そこは向日葵畑のなか、ぽっかりと空いた高台だった。
真っ白な向日葵を見つけて少し、笑う。
夏風がふわりと髪を撫でて、そして去っていった。
悪戯っ子のようにくすりと笑った君はすうと息を吸い込んだ。
「ねえ、




不意に。
ひどく安心できる、あのぬくもりがぎゅっと身体を包んだ。
雨の日のあの優しい手がしっかりと私の手を握った。
ひどく所在なさげに揺れた飴色の瞳が真っ直ぐに私の目を見つめた。


綺麗な、キャラメルの透き通った瞳。


ふわっと君は笑った。少しの寂しさを交えて。
「つぼみ。」
久しく呼ばれることのなかったその名前を呼ばれる。決して咲くことのない、そんな名前をいとしさを込めて。
とくり、とひとつ。脈を打った。

ああ、気づいてしまった。この思いの名前を。

「この思いを伝えるのが遅すぎたんだ。
今日は何をしようかなんて笑う、そんな幸せな日々がこの夏を越えた後にあればよかったのになぁ。」
ひとつの静寂。色鮮やかな祭りの提灯が夏の夜を華やかに灯した。
暖かな息遣い。言葉が耳元で囁かれる。

きっと、この想いの名前は。

「僕はずっと君のことが好きでした。」

花火が夜空に、咲いた。
 

鮮やかにそれは夏の夜空に大輪を咲かせた。

「ずうっと幼い頃から好きだったんだ。
真っ直ぐなその透き通った瞳がいつだって僕の嘘を見抜いてくれた。
やがてお姉ちゃんがいなくなって。君が団を引っ張っていくようになってああ、もう僕は君の隣にいられないなあ。って悲しくなったんだ。
ばかみたい。団員と笑い合う姿に苛立ったり、ふわりと微笑むその笑顔に何かが揺れたり。
あの蛇の少女が『最後の時くらい、大切な人と過ごしなさい』と言われた時、掠めたのが嬉しそうに笑う君だったりするんだ。

その時にどうしようもなく君が好きだって気づいてぼろぼろとあふれ出して、ただただ泣くしかなかったんだ。」

優しい温もりに包まれたままゆっくりと頷いた。
君の肩にしがみつきながら、そっと。


「僕は君を好きでいられて本当に良かった。」


ふうわりと笑った。
色とりどりの花火をその澄んだキャラメル色に映しているのを見つめながら。

「私も好きだった。
君を好きになれて、君に出会えて本当に良かった。」

赤い髪留めで留めた前髪を揺らして。
溢れる想いは涙と共に。

また一輪。真っ白な向日葵のような花火が咲いた。

「つぼみ。」名前を呼ばれて隣を見れば笑う君が夜空を指した。
「修哉。」久しく呼ばなかったその名前を呼んで夜空を見上げた。

「「ありがとう」」

夏の終わり、私は君と泣きながら笑ったのだ。
消えてしまう思い出であってもこの一瞬が焼きつくように。
この想いを忘れることのないように、ぎゅうっと抱きしめて。

この想いの名前は、「愛」。

(微かによみがえる)
(花火と優しい言葉と飴色の笑顔)
(思い出すたびに)
(胸が痛むのはなぜだろう?)
 
向日葵(イタリアンホワイト)の花言葉
「あなたを思い続ける」

 

 

←Back  カゲロウプロジェクト