星の迷い子たち

ジャッジメント・箱の中の楽園前

 すっかり夜に馴染んだつめたい床の上で、誰かの靴のかかとが不規則にステップを踏んでいる。かつ、かつと軽快に打ち鳴らされる音。その音が、床の上で眠りこけていた凛月の意識をじかに揺さぶった。音楽記号に例えるならば、そう。アレグロ、アレグロ。朗らかに。一見すると、はちゃめちゃなリズムを刻んでいるように思えるステップは、重なり合い、うつくしい音楽として昇華される。それは、破綻しない程度の均衡をたもって踊っているからに他ならない。この靴音の主は、音楽世界における最低限のルールをきちんと遵守している。  

 そのことに凛月が気付けたのは、凛月自身長いこと音楽と戯れてきた経験があるからだ。兄とともにヴィオラに触れ、幼馴染とともにギターをつまびき、理解者である同胞の歌に合わせてピアノを伴奏する。凛月もまた、音楽世界のルールを知る住人である。そして同時に、絶対零度の極限世界ともいえる音楽の、遵守すべき最低限のルールの多さを知っていた。だからこそ、これだけリズムを崩しながらも破綻することなく、自由に、そして軽快に踊れるそれが、天賦の才であることを知っていた。そして、そのひかるような才を持つ人間が誰なのかすら、目蓋を閉じたままでも分かってしまうのだ。


 夜にはあまりに眩し
すぎる、膨大な熱とひかり。凛月と同じく月の名を冠する青年。彼が踊る所に居合わせるのは、休学寸前の冬以来だったか。随分と久しい。


 夜の流れるままに。身をまかせるような足音は絶えない。彼の踊りは音楽の波に逆行することなく、むしろその波に乗じているようだ。アレグロ、そしてプレストへ。きわめて早く。
 変拍子の混じる洋楽のダンス・ミュージック。この拍子に合わせてステップを踏むだけでも常人には難しいはずなのに、彼の場合、ただただステップをなぞるだけではない。きちんと緩急をつけ、合間合間に手拍子を加えアレンジし、そして精緻な仕草で踊る。これもまた彼の魅力であり、才能の一面なのだ。早く、早く、きりもみ状態に飛び込むように!刻むように打ち鳴らされるステップの音に耐えきれなくて、凛月は渋々と身体を起こす。重い瞼を眠たげに擦りながら、おもむろに時間を確認する。しん、と澄ましたように冷え込んだ20:00。夜型の凛月が起きるには、ちょうど良い頃合いだった。


 起こした身体から何かがずり落ちる感覚がした。まだ上手くピントの合わない目のまま、ずり落ちたそれを拾い上げる。紺と白が貴重となったそれ。ユニットの衣装だ、と凛月はすぐに気付く。黄金のいろの糸で編まれた、肩章つきの上着。その特徴的な衣装が誰のものなのかはすぐに凛月はわかってしまうし、彼の優しさにも気付いてしまう。夏が過ぎたてとはいえ、秋の夜長は冷え込みやすい。おおかた、眠りこけている自分を見つけた彼が、寒くないようにと上着をかけてくれたのだろう。
 些か重い愛を鬱陶しいくらいに傾けてくる零も、凛月の世話を焼いてくれる真緒も、凛月の理解者の泉も、今日はいない。木曜日、久しぶりにさみしい夜なのだと思っていたのだが、どうやら現実というのは予想のはるか上の出来事を連れてくる。しかし、彼がここにいる理由がどうにも凛月には分からなかった。モデルの撮影があるという泉と嵐に配慮して、今日のユニットの活動は取りやめとなったはずだったのだが。いや、復帰したばかりである彼は活動に参加をせずに、傍観者を気取ってスタジオにすら顔を出さないことが多い。直接聞くのが一番手っとり早いのだろうが、さてはて今の彼に声が届くかどうか。
「お~さま」
 気の抜けた炭酸水のように。期待を半分、諦めを半分にした声音で凛月は彼――レオの呼称を口にする。寝起きのせいか、掠れ気味な凛月の声は夜のあわいに融けて、レオの元に届く前にすっかり霧散してしまった。凛月の存在を忘れているようなレオは(元々レオには集中すると周りのものが見えなくなるきらいがあった)、洋楽独特の音階にあわせて、うたをちいさく口ずさんでいるようだ。歌詞こそおぼつかないが、複雑な音階を、狂いなく正確にうたいあげるその様は、レオの持つ才の鋭さを感じさせた。スワィプス。そして曲調は変転する。


 サイド・ウォークを踏み、とがった仕草でぐるりと回り込む。四分休符、一拍置いて。しろく、しかし傷だらけの武骨な指先が、曲に合わせてぴたりと静止する。半袖の黒いシャツから覗く二の腕は、意外にもたくましい。そういえば、レオは弓道部に所属していたのだったか。無駄のない洗練された動きで、再びレオは動き出す。滑らかに、そしてさりげなく。アクセントのつもりなのか、レオはブーツのつま先を数回リズムに乗せて叩く。スウィーピング。今度は八分休符、みじかく息をついて。黄昏にとろけているレオの髪の尻尾が、飛んでは跳ねてゆく。圧倒的な熱量は、凛月のなかにしまってある本能を引きずり出そうとする。ちりちりと凛月の身を灼き侵食する、衝動と高揚。
 焦がされてしまいそうだ、と凛月はつくづく思う。けれども、レオの踏むステップを、うたを口ずさむ常時よりすこし低めな声を、音楽に身を任せるような鋭さのひかる踊りを、凛月はかなり気に入っていた。すこしの火傷くらいなら、ちっとも痛くはないと思えるくらいには。くらくらと熱のあがる脳内で、凛月はそんなことを考えていた。


(……あれ?)
 ずらした視線の先、映り込んだ鮮やかな朱色の頭。その髪の色に、凛月は見覚えがあった。生真面目で生意気で、いつだって前向きな、凛月の憎めない後輩。いつもならば、その髪の色のおかげで真っ先に目につく司だが、凛月は今の今まで司がいたことに気づかなかった。それはきっと、司がスタジオの一番隅でーーちょうど凛月の死角になるような位置でうずくまっていたからだろう。普段余裕たっぷりな笑みを乗せている司だが、今の司はそうではない。食い入るように、司はレオの踊る様を見つめている。横顔に滲む、悔恨のいろ。形のよい唇の端を強く噛みしめて、震えた膝をちいさく抱え込みながら。それでもレオの挙動ひとつひとつを逃さぬように、司はただただ前を見つめていた。その真剣な様子に、凛月は呼びかけようとした言葉をのみくだした。しかしまた、何故司もここにいるのだろうか。

 

 リタルダント、だんだん遅く。収束し始めた音に、凛月は曲の終わりを知る。ゆったりとした、気怠げなボックス。最後の和音が、スタジオをゆっくりと満たして溢れる寸前まで、レオはぴたりと動作をとめたままだ。和音の余韻が過ぎ去ってはじめて、レオの周りに常に張られていた集中の糸がようやく弛緩する。ふ、と和らいだ空気に凛月は息を吐いた。
 全くもって、休学期間があったとはいえレオの技術は錆びれていないらしい。夜に落ちたスタジオを、レオはすっかりとワンマンステージへと変えてしまった。はて、それならばどうしてレオは傍観者を気取るのか。彼が戻ってきた日から放置しておいた疑問が、緩やかに凛月のもとに舞い戻る。身体がついていかないからライブに参加しない、という訳ではないのだ。ひととき脳裏を掠めたその憶測は、やはり凛月に納得をもたらさなかった。いや、今はそれよりもどうして此処にレオがいて、司がいるのか。いろいろと思考を巡らしてみているうちに、レオが此方を見やった。熱がこもったままの、グリニッジグリーン。その鋭利な刃を連想させる目に、凛月は射抜かれてしまう。
「ん、んん? リッツじゃないか! うっちゅー!」
「ん、うっちゅ〜……王さま」
 レオの最近のお気に入りらしい挨拶を返してやれば、レオはみじかい眉をきゅっとゆるめた。射抜くようなグリニッジグリーンが、ほんのひとときだけ目蓋の下に仕舞い込まれた。一転。口元に喜色を浮かべたレオは、子供のように凛月に飛び付く。そうして直に触れたレオに、彼がそれほどの疲弊もみせておらず、息も上がっていないことを見てとる。それは、この子供のような表情をみせたレオこそがあのワンマンステージで踊っていた男なのだと、言葉よりも雄弁に語っていた。
 それでもすこし汗をかいている様子のレオに、手近にあったタオルを渡してやる。ついでに、凛月に渡してくれた肩章つきのユニット衣装の上着も返す。するとレオは短く感謝を述べて、上着を丸め豪快にタオルで顔を拭った。そのまま適当に髪を拭く仕草。ほうぼうに跳ねた髪が、さらにかき乱される。ここに泉が居たならば苦々しい顔をするのだろうな、と彼のいちばんの戦友でもある凛月の同胞のことを思う。ぬぐい切れなかった汗が、輪郭線をつたう水滴になって、蛍光灯のもとでちいさくひかった。


「でもさ~、王さまが自主的にスタジオに来るなんて珍しいじゃん? 今日はユニット活動ないよ~ってグループの方で連絡入ってるの、ちゃんと見た?」
 モデルの撮影でナッちゃんとセッちゃんが、と説明を始める前にレオは大きく頷くものだから、凛月は少々呆気にとられてしまった。「勿論、だから別に間違えて来たわけじゃないぞ!」とレオはにこにこ笑う。その素直な様子に、凛月はあてが外れたことを知る。それならばほんとうに、レオがこんな時刻までここに居て、踊っている理由はないはずなのだ。つい、とずらした視線のむこうに、先の赤色がちらついた。生意気で生真面目で血の気の多い、凛月の後輩。闘志を燃やすような、それでいて少し悔しそうな司の横顔。そういえば、司はレオのことを、レオは司のことをよく知らない。おそらく、司にとってのレオの第一印象は、相当ひどいものだったのだろう。司は自分の名前を覚えてもらえないことを不満に思っている、のだったか。
「もしかして、ス~ちゃんに決闘かなにかでも求められた、とか?」
 冗談半分、本気をもう半分混ぜて、茶化すように凛月は問う。すると、ゆるめていた眉をレオはあからさまに下げるものだから、凛月は目をしばたかせた。
「『もう貴方の行動には我慢がききません! なんで傍観者を気取る貴方がLeaderなんですか! 全くもって、歌って踊らないIdolなんてIdolじゃないですよ。そんなに踊りたくないなら此方にも考えがあります。不肖、この朱桜司とDanceで甲乙で決着をつけましょう! 決闘ですよLeader!』みたいな?」
 似せる気の全くない声音で、凛月は司の真似をする。もしもそうならば、身体能力の高いレオが司を圧倒したのだろうと、悔しそうな司の様子にも納得がいくのだが。レオの向こう側、凛月の死角になる位置にいる司の反応はない。自分に関する話題に敏感なはずの司だが、凛月に対して食ってかかることもなく、向こう側で身をひそめたままだ。先ほどまで食い入るようにレオの踊りを見つめていた司は、ぐっと膝に顔を押し付けていて、ここからでは表情がみえない。


 「んん、近いっちゃ近いんだけど……」と、レオは困ったように目尻をさげた。言葉に窮した様子のレオは、おもむろに自身の頭を掻く。反動だろうか。夕陽とおなじ色をした髪が、一瞬宙に浮き立つ。
「新入りにさ、踊ってみろ~って言われたんだよな。半年もブランクがあるのにちゃんと踊れるのか、踊れるものなら踊ってみてくれ、ってさ! 試された、のか?あの新入り、良く考えたら先輩に対してなかなかに生意気だな! わはは!」
「ス~ちゃんは生意気だからこそのス~ちゃんだからねえ……ふぅん、そっか。ス~ちゃんは今の今まで、王さまが踊っているところを見たことがなかったんだ~変な感じ」
 なるほど、と凛月は納得するように頷いた。レオのダンスは、しまってあるはずの本能を否応なく引きずりだそうとする。身を焦がすような激情に駆られるレオのダンスが、初見の司にどんな衝撃を与えたかは、想像に難くなかった。
 ただ、司はレオの特技が即興ダンスであることも、レオの過去のことも、レオ自身のことをまだ知らない。確かにそんな司なら、臆面することなく真正面から、レオにそういった言葉を叩きつけることができるだろうな、と思う。レオに対して、天才だとか神様だとか王様だとかいったレッテルを貼らずに、司は、今は司だけが、レオのことをただの月永レオとしてみれるのかもしれない。そう思えるくらいには、凛月は生意気でまっすぐな司を評価していた。向こう見ずな性質は司の短所ではあるが、その向こう見ずな性質によってナイツの活路を切り開かれてきたことも、また事実だからだ。
「リッツは随分あの新入りのことを気に入っているんだな……」
 黒いシャツのボタンをひとつひとつ外しながら、レオは驚きをひそませた様子のまま、そんな言葉を零した。即興曲らしい鼻歌を交えながら、レオは冬仕様の私服に袖を通す。昔はシンプルな紺色のベストを愛用していたはずのレオだが、今は珍しいデザインの紺色のパーカーを愛用しているらしい。
「そうかもねえ。未熟だし生意気だけど、ス~ちゃんはこんな俺たちを慕って入ってきてくれたし、実力だってそれなりにある。守るべき、愛すべき俺たちナイツの後輩だと思うよ。……トラブルに嬉々として突っ込んで行くのはやめてほしいけどね」
「ナイツの後輩、ね。……なあ、」
 リッツ、と。馬鹿みたいに真剣な声で、外履きに履き替えていたレオは凛月の名前を呼んだ。その声は、在りし日の王の貫禄を連想させて、凛月は思わずレオの方を見上げてしまう。崩壊の跡のみえるグリニッジグリーンのなかに、凛月の像がくっきりと映り込んでいる。逸らすことなく。レオはじぃっと、凛月を見つめるものだから、凛月もまた、レオの双眸のなかに彼の本意を探ってしまう。そうして、数秒互いの視線が絡み合ったあと。何かためらうような様子のまま、おもむろにレオは口を開いた。
「おれはさ、ユニットの後輩ってやつにどういう態度を取ればいいのかわかんないよ。昔のこの学院で、おれは有象無象の数のユニットで挑んではうちほろぼすことしかしてなかったから、後輩だなんだに気を配ってやれなかったからかな。未熟な新入りに対して怒るべきなのか、諭すべきなのか。あの新入りが言う、ユニットリーダーらしくってのも、傭兵団みたいだったナイツの現状だって……どうするべきなのか分かんないや。結局のところ、お前たちの作り上げたナイツにさ、おれはついていけてないんだ」


 そう、だからさ。名義上だけでいえばナイツのひとりだけど、おれは、きっとほんとうのところはお前たちのいうナイツの一員じゃないんだよ。


 ちいさく、囁くような声音で。レオは、確かにそんな言葉を口にした。凛月の身を焦がすような衝動と高揚を与えてくれた、うつくしい男と同一人物とは思えない、弱々しい笑みを乗せて。もっと付き合いの長い泉には敵わないかもしれないが、凛月だって、レオの特技が即興ダンスであることも、レオの過去のことも、レオ自身のこともそれなりに知ってはいる。けれども、レオの本心がどこにあるのかは凛月にはちっともわからなかった。ただ、寂しげな笑いかたをする今のレオは、どこか遠く、物寂しい場所へ向かおうとしているような気がした。それはきっと、星も月もみえないような、暗いところだ。音楽に対して溢れるような才気と鋭い感性を持つ男に、其処はあまりに似つかわしくない。


 「おれはそろそろ帰ろっかなあ」と誤魔化すように零された言葉に、凛月は思わず王さま、と呼びかけようとする。しかし、その言葉を凛月は喉の奥にしたためた。レオの抱えているたくさんのレッテルに、凛月もまた囚われている。あての無い旅人みたいな顔をしたレオを、凛月は止められやしないのだ。


「ナイツの一員じゃない、かぁ……」
 ばたん、とスタジオの扉が閉まる音がした。この白い空間には、凛月と、それから膝を抱えた司だけが残される。司は、レオが出ていったときに僅かに肩を震わせたきり、未だ無言を貫いていた。ああ、そうや備え付けの冷蔵庫に、とっておきの炭酸飲料が二本ぶん買い置きしておいたんだったか。すっかり忘れきっていたそれらのことを思い出しながら、凛月は裸足のままスタジオを横断する。ぺたり、ぺたりと。素肌と床が触れ合うたびに、深夜の刺すようなつめたさを知覚せざるを得なかった。どうしようもない哀しみが、凛月のこころを暗くする。
 小さめの冷蔵庫には、やっぱり凛月のとっておきの炭酸飲料が二本、澄ました顔をして鎮座していた。それを嬉々として取り出して、ぺたりぺたりと凛月は再びスタジオを横断した。そうして顔をあげない司のしろい頬に、右手に携えていた炭酸飲料を押しつけてやる。ぎゃ、っとみじかい悲鳴。数秒遅れて、司がようやく顔をあげた。噛み締められたままの唇と、寄せられた長い眉。その目尻がすこし赤くなっていることには、凛月は気付かないふりをしてやることにした。恨みがましそうに見つめてくる司の隣に腰を下ろすと、此処がスタジオの様子をいっぺんに見ることができる位置だと気付いた。きっとレオが踊るところが、じっくりとよくみえる場所だ。


「王さまの踊るとこ、凄かった?」
 重苦しい空気がほどけ始めた頃、なんでもない様に振る舞いながら、凛月は斬り込んでみることにした。ちまちまと炭酸飲料に口をつけていた司が、こくりとひとつ頷いた。
「ナイツのなかで一番身体能力が高いの、多分王さまだからね……ブレイクダンスとか得意っぽいし。まず特技が即興ダンスだから、半年ちょっとのブランクくらいで廃るものじゃないんだろうなあ……」
 ぽつぽつと零す言葉を、司は黙りこくったまま聞いているようだった。名もないメーカが製造した、38円の味気ない炭酸飲料。そのアルミ缶に指の腹をぐっと押し付けながら、凛月は言葉を続けた。
「気まぐれで奇天烈で、小柄で華奢にみえるから、今まで信じ難かったかもしれないけど、王さまは凄い実力の持ち主なんだよね。まあ、この間セッちゃんもそう言ってたけどさ」
 「それならば」と。張り詰めた糸の先のような、感情に震えたようなちいさな声で、司が言葉を落とした。それは、喉元まで迫り上がる激情めいた感情を、つとめて冷静に抑えているような様子だった。強気な視線が、炭酸水を呷る凛月を見上げる。高い硬度をもつアメジストのいろの双眸が、蛍光灯から零れたひかりを弾いてひかった。
「それならば、どうして。どうして、我らの王は、私たちのLeaderは傍観者を気取るのですか。Leaderには音楽に関しても、踊りに関しても優れた才能がある。先輩方も認めるナイツ有数の実力者だというのに! 自分はステージに上がらないのは何故です。今日だって、ユニット衣装に袖を通すのを躊躇ったのは何故です。私はどうしても納得がいきません」
 唇をわななかせて、そのまるい藤色の双眸に鋭さを内包した司の怒りはただしいな、と思う。そのただしさはあまりに真っ直ぐで純真で、凛月には眩しく思えた。よく似ている。司が放つぴかぴかとしたひかりは、レオが持つ、恒星みたいな熱量とひかりによく似ているのだ。
 今の自分はナイツの一員じゃない、と寂しげにわらったレオの顔を思い出す。あてのない旅人みたいな顔つきから、その弱気な声音から。レオははっきりと口にはしなかったが、彼が傍観者を気取る理由のひとつが、変わってしまったナイツにあることを。そしてナイツを変革させた一端が、司や凛月をはじめとしたメンバーにあったことを、かしこい凛月は理解してしいた。けれども、それをわざわざ司に伝える理由はなかった。
 だから、そう。衝動的だったとはいえ、これは凛月のエゴに他ならなかった。 司の持つただしさが、夜のいきものである凛月にとっては、目がくらんでしまうほど明るかったから。その真っ直ぐなただしさを、ほんのすこしだけ曲げてしまいたくなった。


「王さまはさ、どっか遠く、暗くて底の見えない行っちゃいそう。今の王さまに言わせれば、王さまは俺たちのナイツの一員になれていないんだってさ。……王さまが居た頃のナイツと、今のナイツじゃ大分変わっちゃったからかな。名義じゃナイツのリーダーなのに、ナイツの一員じゃないっていうのが、あのひとが傍観者を気取るひとつの理由だと、俺は思うんだよね」
 ああ、しまったな。口火を切って、すぐに凛月は後悔する。やっぱり、司にこんなことを言うべきではなかったのだ。司はレオのことをほとんど知らないのだから。後輩をこんな形で巻き込むべきではなかったのだ。つめたい怒りの焔を宿していた司の双眸が、ゆっくりと丸くなってゆく。そうして長い時間をかけて、何かを考え込むように、うつくしいアメジストは目蓋の裏にしまい込まれた。その様子を、凛月は後ろめたい気持ちのままみつめていた。おもむろに炭酸水をもう一度呷ろうとして、既に飲み干してしまったことに気付く。仕方なく凛月は手元の空き缶を握り締める。安っぽいアルミ缶は呆気なく、ぐしゃりと手の内で潰れてしまった。
「……全くもって、私たちのLeaderは仕様がないひとですね」
 それから暫くして。司の唇から零れた言葉が、明るさに満ちたものだったので、今度は凛月が目を丸くする番だった。長い睫毛の下から、ふたたびアメジストの宝石が覗く。傷ひとつ知らない、純粋をかたちにしてかためたような。そんな明るくうつくしい色は、まるで生まれ直したような色をしていて、凛月は思わず嘆息を零した。
「自分勝手で、思い込みが激しくて。……そういう自由な所は先輩方を彷彿とさせて、流石ナイツの親玉なのだと思いますが。かみさまから愛された天賦の才を持つのに、その才が一番煌めく場所に立たない。私たちのナイツの一員じゃない? いいえ、Leaderがそう思っていたとしても……私がLeaderを知らなかった時でさえも、ナイツは五人のユニットだったはずです。五人でなければいけないのです。一人でも欠けてはいけないのです。あの方がナイツの一員じゃないと言いはって、凛月先輩の目ですら届かないような暗いところに行こうとするならば……不肖ながらこの朱桜司、あの方の首根っこをつまみあげて引きずり戻してきましょう」
 司はそう一息に言い切って、不敵にわらってみせた。生まれ直したみたいな色合いのアメジストが、幾億もの星のひかりを映し込んでいる。唇の端についたよわい炭酸の泡を、行儀悪く司はひとくちに舐め上げた。したたかだった。凛月が思っていたよりもこの後輩はずっと強くて、凛月よりもずっと勇猛果敢なのだ。


 司はレオのことをまだ知らない。レオの人となりも、レオの過去のことも、レオ自身のこともまだ知らない。司はレオの抱えているレッテルを知らない。やはり、だからこそ、司はレオのことをただの月永レオとして、真っ直ぐに見つめている。司の振り翳すただしさは曲がることなく、恒星みたいなひかりを放ちながら、先を照らしてゆくのだ。


(20171021/星の迷い子たち/レオ+凛月+司)

▷レオくんの特技が即興ダンスと聞いたとき、あまりにサイコーで悶えたことを思い出しながら書いたものです。動きのある描写を書くのは難しい。ジャッジメントのときに、泉くんや司くんに比べると、本番までの凛月くんの心情についてはフォーカスされることは少なくて、それならばもしも凛月くんがレオくんがジャッジメントを行う理由を知っていても、おかしくはないなと思うのです。
/2017.12