想いのバラに口付けを

私はカノと。

いや、私を見つけ出してくれた貴方と。
最初の、小さな一歩を。
君の想いが詰まった小さな箱とともに。
ふわり。暖かな体温が手を包む。

そう、そして。

「     」

薄汚れた蒼を白へと塗り替えた一歩を。

 


想いのバラに口付けを

 


甘いレモンティーの暖かさは私を溺れさせる。
いつまでもその暖かさに、甘さに溺れていたい。
ふわりと漂う甘酸っぱい香りはこの想いのようだ。

柔らかなバラードの調べが心地よく俺達の間を流れてゆく。
本を片手にページをめくる俺と手の内で音楽プレーヤーを弄ぶ君との時は少し甘い。

若干ふざけたように君は囁く。
「明日も明後日も、こんな日々が続くのかなぁ」
その瞳に淡い無邪気さを浮かべながら。
君のアップルティーが小刻みに揺れて、心を乱す。

きっと君は知らない。
私の想いを。
きっと君は知らない。
モモに嬉しそうに話しかける姿にどれだけ心を傷つけられるか。
そんなこと。絶対に。
でも、君は知らなくていいんだ。
この想いは私だけのもの。
私だけが知っていれば、それで。

街灯ごしに、背中合わせでふたり。
チェックのカーディガンをなびかせ、空を見上げる。
街灯は冬空に一筋の光を照らす。
そのスポットライトに照らされる俺はカノの嬉しそうな横顔を見て小さく微笑んだ。
砂糖菓子のような星が転がる。
「嗚呼、星は嫌いだな」
そう嘯いてみせるけれど、君は少し間をおいて短く「そう?」と返したっきりだった。
不鮮明に浮かぶ月の影。
「嘘つきだなぁ。」
「そうか?」
「寂しいでしょ。」

レモンティーの甘さは舌を通り過ぎる。
「そんなわけないじゃないか。」
「そうかな?人はみんな寂しがり屋なんだよ。」
「ふうん。カノは?」
「さあ」
君の瞳は謎かけのように笑った。

響く「寂しがり屋」の言葉。

否定してたけれど、多分、それは事実。
隣に温かさを感じられなくて、泣きたくなることがあった。
きっと君にこの想いを伝えたら君は隣から。
だから。
想いを隠して、君とともに笑う。
それでよかったのに。

嗚呼、その想いすらもう色を変えている。
そう、例えるならば薄汚れた蒼。
底のない闇の色。
その時色を変える空の欠片が、アスファルトに。

 

* * *

 

君の髪に淡い白が咲く。
ふわり。頬をかすめる冷たさ。

「雪?」
上目遣いに空を見上げる。
その髪にまたひとつ淡い白が。
「カノ、帰ろう。雪が降ってきたから」
その言葉にちょっと反抗する君。
「えーちょっと雪空を見ていこうよ。ほら」
指を空に向けて笑う君。
小さな赤い光がそこに映る。
それに逆らえることはなく。
渋い顔をしながらも頷く。
「あー分かった分かった。」
発した言葉にちょぴり嬉しげな響きが混じった。


「星が綺麗だ…」

白い息を吐きながら君は呟く。
雪色の空にあいまって時々覗く星。
でも、なぜかそれは深い深い闇の色に見えた。
空のレモンティーをゴミ箱へと放った。

開いていた本をパタリ。栞をはさんで閉じる。
頭を振りながらイヤホンを外す。
世界はひっそりと白く淡く染まってゆく。

カノは無邪気に空を見上げる。
ああ、やっぱり変えたいな。
この幼馴染の関係を。
このくすぶる想いを。
君に伝えたいな。
でもできないなぁ。
寂しがり屋だから。
弱虫だから。

ふわり、ふわりと冬色へと塗り替えられる夜に。
小さくはにかみながら、明るい茶髪の髪を揺らして。
カノは小さく俺に呟いた。

 

「帰ろう」


それでもさ。
君がそんな笑顔で。
そんな優しい言葉で。
俺に手を伸ばしてくるから。
俺はその手を取ってしまうんだ。
君との距離を縮めたい。
そう思ってしまうんだ。

 

かちり。時計が音を立てた。

 

思い出したように君は顔を上げた。
ちかり。ちかりと星の光は瞬く。
それは君のキャラメルの湖に映し出されている。
雪が悪戯に輝かせたその瞳は笑って私にこう告げた。

「誕生日おめでとう」

はい、そう言われて渡された小さな箱。
訝しげにリボンを解くと現れたのは金のチェーンのキーホルダー。
赤い石の薔薇の、キーホルダー。
「ちょっと稚拙すぎたかな」
ふふっと笑いながら頬を赤らめる君。
そして、一本蒼い薔薇を弄びながら君は告げてくれた。

「いつか、108本の薔薇を送ります。
蒼と赤で飾られたブーケを貴方に送ります。」

「ずっと前から好きだった」
俯けた顔の朱が欺いてないってわかる。

「ありがとう」

そう笑んで薔薇に口付けると私たちに笑いがこぼれた。


(私たちのあいだに漂う雰囲気はアップルティーの甘さより甘くて。)
(噛み締めた恋の味はレモンティーより酸っぱい。)

(繋がれた右手はきっと星空に舞う雪より温かい。)

 

 

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