2.5. For ordinary days and change

 

 


綺麗な鈴の音、ひとつ。

蜜色の瞳を浮かべて、ふたつ。


小さな懐中時計の針、みっつ。


そっと目を瞑り、薬草を浸した甘い甘い水をひとくち。

新緑の瞳がそっと、定まる。

わずかながら、ハッカの香りがつんと通り抜けた。

 

不意に何かが目を覆った

とともにくっくっくという笑い声。


「だーれだ?」

そっと目を細めて、白露は呼んだ。


「茜…」

その声にはかすかな喜びがまじっていたのかもしれない。

しかしそれはすぐに消えて苛立ったような表情を彼は浮かべた。


茜と呼ばれた彼女は屈託なく笑った。

「白露、変わったね」

けらけらと笑い転げながら彼女はぽつり。小さく呟く。

 

そのとき、彼の瞳はかすかに、しかし確かに揺れた。


* * *


太陽が怖かった。

雨が嫌いだった。

他者が怖かった。

 


自分が嫌いだった。


なんで俺はここにいるんだろう。


幾度も幾度も自分に問いかけた。

一度も答えは返ってこない。

幼頃の記憶をなぞって、つむって。

 

そんな空虚な日を送っていた時に飛び込んできたのが茜だ。

茜は俺とは全く正反対な奴だった。


明るくて、いつも笑みを湛えていて。

夕焼けの空を嬉しそうに眺めて、笑って。

ハッカの香りに驚いて、笑って。


そして、彼女はいつもこう告げるのだ。

 

「白露、ありがとう」


そんな表情を眺めて、またひとつ笑顔が零れる。

ふわり。漂う甘酸っぱい香りが鼻をかすめて。

 

いつの間にか、太陽が怖くなくなった。

いつの間にか、雨が好きになった。

いつの間にか、自分が好きになった。

いつの間にか、他者が。


ぽつり、雨上がりの仄かな青が葉の上で跳ねる。

ふっと笑みながら、空を見上げる。


…晴れるといいな。

そう願いつつ、薬草をひとかみ。


ほんのりとそれは甘みをしたたらせてあっけなく消えてった。

 

 

 

 

ーその日の霧雨は、俺たちの運命を変えた。

 

否、茜に会った時からもう変わっていた。

しかし、その雨が。その訪問者が俺たちの運命を変えたのは事実だった。

 

 

For ordinary days and change

(平凡な日々と変化のために)

 

 

 

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