その臓器の重みを知る者は少なくて、誰しもが失ってからその重みを知る。それは、肺しかり。肝臓しかり。心臓しかり。例えば膵臓なんて誰しもが持っているはずな臓器なのに、その役割もその位置すらも知らない。いつしか膵臓はつめたくなって、誰かの命ひとつ分の重い塊に成ってゆく。そうし、膵臓のもちぬしは、この臓器がどれだけ必要なものだったかに気づくのだ。
つめたくなった膵臓が、まだいきていたならば。それはどれ程僕たちに救いをもたらしてくれただろうか。膵臓が死にゆく様を間近で見続けずに済むのなら、どんなに良い結末だっただろうなっめたくなった膵臓を取り除かれたなら、空っぽになった僕は呼吸の仕方まで忘れてしまうだろう。一体全体どうすれば僕はこれから息を衝くことができようか。
あの頃の僕にとって、僕らの世界はうつくしく完成されていた。
つまらない顔しかできない僕と、聡明な顔つきをして白髪を揺らす由良と、それから僕の傍にあたりまえに居てくれたはずの御影。僕らをつないでいた幼馴染という輪っかは、ぐるぐると僕らを何年も取り囲んでいたせいか、いつしか僕らだけしか知らない世界を構築していたのだ。そこは、息が詰まるくらいに閉塞的で、侵入者を固く拒む雪国だった。けれども、僕にとってはどこまでも暖かい場所だったのだ。壊れないように、外部からの侵入を拒むように回していたはずの世界。いつからか綻びはじめていた世界の隙間から差し込む風はひどくつめたくて、不規則に点滴の落ちる音だけが、やけに鮮明に聞こえた。
正しい位置にいてくれた、誰よりも大切だった女の子が――御影がだんだんとつめたくなってゆく様が見たくなくて、僕は逃げるように目蓋を閉じた。
⇒ 黒ずんだエナメルは星になれない/由良の話
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