コルレオニスの焦燥

 めまぐるしく変化してゆく季節の中で、此処だけが取り残されたみたいだった。季節だけではなく、空間としても取り残されたのかもしれない。夏だというのに、クーラーによって此処は酷く快適な温度を保っている。加えて、このちいさな教室は外の喧騒とはかけ離れていた。 

 静かなこの教室に満ちている音らしき音といえば、締め切ったドアの向こうから微かに響いているギター音だけ。恐らく軽音部のものなのだろうが、この腐敗しきった学園で未だ真面目に部活をする人間がいるとは。感嘆と呆れをないまぜにしながら、泉はひとつ溜息を零した。
 手持ち無沙汰に、後ろに重心をかけては腰掛けた椅子の足を浮かせた。あまりの静けさにドアが開かれる音を、ほんの少しだけ待ち望んでしまう。元来、泉の隣には非常に喧しい半身がいるはずなのだ。だが、泉を放って購買へ去ってしまった半身はーーレオは、まだ帰ってこない。 

 放課後は、大抵は自分の歌の練習などに使うのだが、暴風雨のようにやって来るレオに振り回され潰してしまうことも多い。今日もまたそうだった。今日の場合、放課直前の教室の外から小動物のようにこちらを伺っていたレオを見かけたのがはじまりだった。訝しんで此方に招き寄せてやると、突然泉の手を引っ張って、そのまま空き教室に連れてくるものだから、泉は脳内で描いていた本日の予定を塗りつぶさざるを得なかった。どうしようもなく、泉はレオに弱いのだ。
 けれどもその後泉を放って作曲を始めては、息詰まったと叫んで購買へと消えていったレオの奔放な挙動には、流石に呆れを隠すことはできない。 
 垂れ落ちてきた銀髪の一筋を、ゆるゆると手遊びにからめては離す。やはり、髪は結んだ方がいいのだろうか。現にレオは、泉と顔を合わせる度に髪を結ぶことを勧めてくる。けれども一度髪を結んだ際に、レオがどうしようもない熱をはらんだ目で、泉をーー正確にいえば泉のしろいうなじを見つめてきたものだから、もう金輪際結んでやるかと思ったのだった。男は獣だという言葉は実に的を得ている。あの時のぞいたレオの八重歯は、いつもは何処に隠しているのだろうと思ってしまうほどに、ありありと肉食らしい鋭さをみせていた。噛み付いてやりたい、という欲の覗く双眸。けれどもレオは、これまでに一度も泉を噛んだりということはしなかった。 

「セーナッ!」 

 勢いよく音を立てて開いたドアに、思わず泉はびくりと肩を震わせた。あまりにも静謐だけが満ちた空間に居座り続けていると、慣れ親しんだ声にでさえも驚いてしまう。それが愛おしい恋人のものであってでも、だ。落ちてしまうのではないかと勘繰ってしまうほどに目をまあるくしている泉に、レオは少しだけ怪訝そうに眉をゆるめた。小動物のようでかわいらしい、と思ってしまう。肉食獣のくせに。 
 「セナ?」と心配そうに掛けられた声に、慌てて泉はちいさく首を振り、なんでもないから、と言葉を落とした。その返答に納得したらしいレオは、手近な椅子におもむろに手を伸ばす。ぎぃ、と重いものを引きずる音。床が傷むからやめてよねぇ、と言おうとしたが、泉の不満をすぐに察したのだろう。レオは慌てて椅子を持ち上げて、そして泉の隣へ寄せてきた。
  機嫌良さそうに鼻歌をまじえているレオの手元には、先程までにはなかったビニール袋が垂れ下がっていた。どうせまた、山程のお菓子やらなんやらを買ってきたのだろうな、と重そうなそれを見て推測をする。 

 それにしても、二人では余るほどのスペースを有しているこの教室で、どうしてこんなに椅子を寄せ合わねばいけないのか。
 冷房が効いているとはいえ、季節は夏の真ん中なのだ。人の体温を寄せられてしまうと、どうにも暑苦しくて堪らない。ビニール袋を漁ることに夢中らしいレオに、ちょっと、と声を掛けようとしたところで、ひんやりとしたものを手渡された。慌てて手元をみると、夏の風物詩であるアイスキャンデーが。密閉されたプラスチック包装のなかで、葡萄味の細長い宝石が澄ました顔をしていた。 

「ん!セナにあげる~」 

 早速包装を破いては自分の分らしいアイスキャンデーを、レオはためらうことなく口に放り込む。開いた口の端から覗く、ちいさな八重歯の白さがやけに泉の目を惹いた。
  レオの鋭い歯が、霜をまとう林檎味の宝石に傷をつけている。あの歯の鋭さは、皮膚を食い破ることすらできるのだろうな、と思う。あの鋭さに、一度くらいは触れられてみたい。なんて、絶対に言ってはやらないけれど。 

 呆としている恋人を見つめて、はてと小首を傾げたレオは、再度泉の手元を指差した。どうやら食べろ、ということらしい。早くも水滴のつき始めた包装に、泉は怪訝な顔をせざるを得ない。このアイスキャンデーに揺らがない女子学生は多分誰一人いないだろう。勿論泉とて例外ではない。
  けれども、この小さなアイスキャンデーひとつに、一体どれだけの糖分が含まれているというのだろうか。もしもこれ食べてしまったら、と仮定の先を考えるだけで頭が痛くなる。 

「ん?んんっ?もしかしてセナ、葡萄味は嫌いだったか?ごめんな、好みは聞いておくべきだったな!あれだったら林檎味にするか?俺が口つけちゃったけど!」 

 長い沈黙を否定と受け取ったレオは、慌てて言葉を重ねはじめる。チョコレートもあるぞ、と言ってはレジ袋から次々とお菓子を取り出すレオに、慌ててかぶり振る。この泉の恋人は、暴君という言葉が似合うほどに自分勝手なのだが、どうしようもなく優しいのだ。先の欠けた黄昏色のアイスキャンデーを、自分の方へ向けてくるレオの優しさを、無碍にしてしまう泉ではない。 

「れおくん」 

 泉がちいさく名を呼べば、レオはふんにゃりと溶けるように笑う。呼び名の熱で、とろけたグリニッジグリーンは明るい。その小動物じみた表情に泉もまた口元をゆるめた。そのままレオの手元のアイスキャンデーに不用意に触れないよう、長い銀髪を少しかきあげて。やや屈むようにして、泉は黄昏の色をしたアイスキャンデーを一口ぶんかじりとった。
  氷河に亀裂が入って割れてゆくように、林檎味の宝石がまた少し欠ける。 
 甘ったるい林檎の味をした氷を噛み砕いて味わえば、途端心地の良いつめたさが身体中に浸透してゆく。やはり、夏に口にするアイスキャンデーはたまらない。しみるつめたさを堪能しながら、口内で転がしていた最後の一欠片を名残惜しく飲み込む。そうした後に上機嫌で隣を見やれば、なにやら顔を火照らせたレオが悩ましげに眉を寄せていた。 

「そーやってアイスキャンデー食べるの、ずるい……間接キスじゃん」 
「何を今更間接キスとか言ってるわけ?」 

 全く、この男は。ふとした瞬間に目が合えば、すぐにハグやキスを仕掛けてくるというのに。泉の恋人は変なところで純情だ。呆れたように吐息を零した泉は、手元の葡萄味のアイスキャンデーをレオの方に譲ろうとする。アイスキャンデーは一口ぶんくらいが丁度いい。
 この大食らいなレオならば、泉の分のアイスキャンデーを食べてくれるだろう。けれども、レオは大きく首を振った。 

「それはセナが食べて!セナがアイスキャンデー食べてるの見たらインスピレーションがきっと沸く!いや沸かないかもしれないけれど!」 
「はあ?」 

 怪訝そうに顔をしかめた泉に、「いーから、いーから」とレオはアイスキャンデーを押し戻す。逡巡、視線だけで押し問答をする。二人の間で宙ぶらりんにされている内に、葡萄味の宝石は溶けだしていた。包装をつたって水滴がまた一つ落下しては、泉の指先を濡らす。
  困ったことになってしまった、と泉は心の奥底で思う。これ以上甘いものを口にする気のない泉と、強情にもアイスキャンデーを食べさせようとするレオ。こういったとき、泉の言い分が通ったためしがない。いつだって、泉はレオに弱いのだ。
  ちらと隣を見やれば、好奇心の弾けたグリニッジグリーンが期待を込めたように見つめている。今日もまた白旗を揚げてやって、泉は諦めたように、手元のアイスキャンデーの包装の口を切った。 

 天井では文明の利器といえるエアコンが、二人のことを素知らぬ振りをしながら、涼やかな風を送り込んでいる。閉め切ったこの空き教室は、風の逃げ場はなく、自然と冷え込んでゆくはずだ。だというのに、泉の周りは暑くて仕方がない。それもこれも、必要以上に肩を寄せてくるレオのせいである。
  すっかり自分のアイスキャンデーを食べ切ってしまったレオは、肘をつきながら鼻歌を口ずさでいた。ふんふん、と楽しそうにうたわれている曲は、泉が知らないものであるから、恐らくはユニットのための新曲なのだろう。そういえば、さっきインスピレーションがどうだ、とか言っていたなぁ。あたしがアイスキャンデーを食べているだけで、インスピレーションが沸くならば、それはまあ安いものだけど。そう理由をつけながら、紫のアイスキャンデーを緩慢な仕草でまた一口分かじる取る。 

 泉は甘いものが別段と嫌いなわけではない。寧ろ好きな部類に入るのだが、気質上ほとんど口にしないだけだ。そんな泉にとって、滅多に口にしない丸々一本分のアイスキャンデーは最高の嗜好品である。 
 ちろり、と唇の狭間から舌を出しては、溶けかけているアイスキャンデーの表面を億劫そうになめとる。喉奥をつたってゆく甘さがたまらなく心地いい。そのつめたさを恋しく思って、短くなりはじめた葡萄味の宝石をまた小さな口に運び入れる。
 しゃくり、と夏を砕く音。ああ、うなじを伝う汗が鬱陶しい。さっき髪を縛っておけば良かった、と小さく人知れぬところで後悔をする。 
 隣から伝導してくる体温がどうしようもなく暑いのだが、この夏ひたすらに言い続けたのに離れてくれないレオに、今更どう言葉を重ねてみても無駄である。舌に乗せたアメジストじみた甘い氷が急速に融解してゆく。ああ、なんて暑い。遠くから、未だ練習を続けている軽音部のギター音が篭ったかたちになって聞こえてくる。
  そういえば、とレオがやけに静かであることに思い当たる。泉にアイスキャンデーを渡すまでは、いつものように騒がしかったのだが、泉が食べ始めてからは、作曲に集中し始めたのか鼻歌をうたっているきりである。一応は恋人と一緒にいるのだから、何か話してくれても良いものだが。けれども、レオがそういう男であることを、泉は百も二百も承知している。暑い、なぁ。泉のきれいな唇の端を、アイスキャンデーの名残が濡らす。そうして泉が葡萄味の宝石を食す姿を、レオはじぃっと見つめていた。 

「あ、」 
 あと一口というところだっただろうか。ぺしゃり、泉の口から母音が完全に転がり落ちるその前に、残りのアイスキャンデーは泉の左手の指先に落ちてしまった。元々、溶けかかっていたものだったが、物思いに耽りすぎたせいでタイムオーバーが来てしまったらしい。
  僅かに氷のかたちを留めていたアイスキャンデーが体温によってゆるやかに液体に変わってゆく。つめたさを有していたそれが、熱を帯びていく。暑さに浮かされたせいかとろんとした目のまま、泉は自分の指先を滴ってゆくアメジストの水滴を見つめていた。ああ、ウエットティッシュは何処に置いたっけ。濡れ落ちた白い指先が、小さくひかる。
 はた、とレオの鼻歌が止んだ。此方を見やっていたグリニッジグリーンが鋭さを増す。 

「れおくん……?」
 
 レオの様子が変わったことに気付いたのだろう。ほんのすこし、舌ったらずな声音で泉はレオの名を呼んだ。みじかい眉を寄せたレオは、何も言わない。ただ、被害を被った泉の左手を、くいと自分の方へ寄せるだけだった。
 綺麗に整えられた爪先が柔く皮膚を掠める。触れられた場所が次々と、じかに熱を帯びていく。人の体温というのは、こうも熱いものだった、か?ぼんやりしたまま、レオの骨ばった手のひらに指先が掬い取られてゆく様子を、ただただ泉は見つめることしかできなかった。
 そのまま、やけに恭しい仕草で、レオは泉の指先を自身の口元へ。指の先に、火傷をしてしまいそうな熱。ちょっと、と泉が言葉を発するまえに、レオは泉の濡れた指先に唇を落としていた。 

   最初は、騎士が主人に忠誠を誓うかのように。
   白い泉の指先に羽のようなキスをされる。軽く触れるばかりであったその唇から、いつの間にか赤い舌が覗く。肉食獣の舌だ。レオの舌が、アイスキャンデーが垂れ落ちた跡をゆっくりとなぞってゆく。
   人差し指をなぞり終えたら、次は中指へ。他者の熱によって甘い氷だったものが、急速に侵食されて舐め取られてゆく。丹念になぞり終えると、泉の指先をぱくりとレオがくわえ込むものだから、たまったものではない。ああ、熱い。夏のせいではない熱さが、泉の身体をじりじりと焦がしてゆく。なぞられた指先が、口内に入れられた指がひりりと火傷する。 

 伏せ切ったレオの目からは、なんの感情も見えやしない。けれどもよくよく見れば、美しい宝石をかためたみたいなその双眸の隙間から、小さな焔がちらちらと燃えている。その焔に見惚れてしまって、怒る気力すら失ってしまうあたり、今日の自分は大概に暑さにやられてしまっているらしい。やわらかな指の腹を押し上げるように、レオの舌が動き回る様がくすぐったくて堪らなかった。 

 それは偶然のことだった。レオの舌に翻弄されているうちに、こつ、と泉の指先が八重歯にあたった。薄い皮膚に柔く食い込むそれは、確かに噛んでやりたいという意思をはらんでいる。唾液で濡れ落ちた指に対して、衝動の赴くままにレオの肉食獣めいた歯が迫る様を、茹だるような熱のなかで知覚した。
   絶対にレオには言ってやらないのだが、実際のところレオにならば、何をされても構いやしないのだ。現に今、こういった行き過ぎた恋人同士のじゃれ合いを泉は許容している。例え泉に甘噛みを仕掛けてきたとしても、泉は別に怒りやしない。しかしながら、逡巡。数秒躊躇ったのちに、レオの舌は泉の指先を八重歯から引き剥した。そうした後に、今度は歯が当たらない位置で、また器用にも舌先で指を愛撫し始める。その慎重な様子に泉は思い出す。ああ、そうだった。レオは泉を噛んだことはない。レオは、泉を噛んではくれないのだ。
   目を閉じたまま舌先に意識を集中させているレオを見やって、泉はおもむろに息をついた。息をついたはずだった。 

「噛んで」 

 空調の稼働する音だけが、やけに大きく聞こえた。静寂だけが満ちていた空き教室に、ぽつ、とちいさな泉の声が零れた。夏、聞かせるつもりのなかった独り言が零れたのも、きっと夏のせいだ。思考をふやかすような熱に、失言の責任を押し付けてしまいたくて、けれども口から出た音はもう戻りやしない。その印に、きょとんとした様子のレオと目が合う。
   驚きをひそめたグリニッジグリーンが、真っ直ぐとこちらを見つめていた。その双眸には、明るい焔がちらちらと燃えている。
 
「セナ?」 

 一旦、レオが泉の指先を解放する。ぬらりと透明な膜の張る指先に、泉は眉をひそめる。が、今はそれどころではない。戸惑ったように、レオが泉の名前を呼んだ。それはそうだろう。レオの知っている泉は、そんな言葉を口にはしないのだから。
   けれども、欲というのは正直で。現に今、レオの双眸に映り込んでいる理性が、ゆうらりと揺れていることを、泉は知っている。そのがんじがらめ理性を飛ばしてやりたい。自身の羞恥心よりも、その風前の灯火のような理性を吹き消すことの方に、泉の好奇心が傾いた。
 
「噛んで、よ」 

 ああ、もうどうにでもなればいい。泉はもう一度、先程と同じ言葉を繰り返した。今度はきちんと意思をはらんで。そうすれば、レオは衝動のままに泉に噛み傷を残してくれるのだろうか。あの八重歯の鋭さを思うと、背筋を通る神経がふるえた。隣のレオの双眸に映り込んだ理性は、ぐらりと大きく揺らいでいる。
 
「いやだ」 

 しかしながら意に反したことに、レオはそう言い切ったもので、今度は泉が目を瞬かせる番であった。理性が剥がされぬよう、込み上げる衝動を堪えようと、レオは唇の端を噛んでいる。
    一体なにが、レオを押しとどめているのだろう。駄目元で、もう一度だけ乞うてみるが、レオは首を振った。 

「やだよ。……セナの肌は傷一つ無くて綺麗だもん。傷、つけたくない」 

 小さく漏れ聞こえた理由に、泉はついと目を細めた。確かに、泉は自分の肌に傷付くことを酷く嫌っている。嫌っているが、今はその泉が傷を欲しているのだ。
   そうしてもう一つ、泉は気付いてしまった。薄い理性からなる理由の下に、もう一枚何かが隠されていることを。それを暴いてやりたくなって、泉は言葉を重ねた。 

「その、『あんたの』瀬名泉が噛んでって言ってるのに、ダメなの?」 

 熱を帯びたままの、見透かすようなシャレイブルーがレオを射抜いた。ぎゅっと眉を寄せたレオが、押し黙る。数秒。言葉を投げ返さずに、レオは顔を伏せ切ってしまった。ああ、無茶な要望を押し付けてしまったのかも、しれない、なあ。表情が見えず、不安に思った泉は濡れていない方の右手で、レオの頰に触れる。
   途端、非常に強い力でレオは泉の右手を引っ張った。遠慮のない男の力に思わず戸惑ってしまう。ウェーブのかかった泉の銀髪が、大きく乱れる。
   そうして引っ張られた先、意外としっかりとしたレオの肩に、泉は顔を押し付ける形になる。僅かな隙間からレオの双眸を覗けば、ありありと欲の色が滲んでいて。レオの、思い悩むような吐息の熱さに、泉は一層身体が火照るのを認識する。
 
「ごめん、嘘ついた。本当はセナの白い肌に傷をつけられたらどんなにいいだろうって思ってた」
 
 至近距離で耳元に落とされた、くぐもった声に泉は肉食獣の影をみる。湿り気を帯びた吐息が、またひとつ落下した。 

「じゃあ、」 
「けれども何よりも、例えセナが普通通りに振舞っていても、『おれの』セナにおれのつけた傷があるんだなあって思ったら、どうしよーもなく興奮する。そーしたらおれはもう絶対に踏みとどまれない」 

 それは、果てのない熱のこもった低い声で。あの小動物じみた表情をみせていた恋人の声なのかと疑ってしまいくらいの欲の色を含んでいた。うつくしいグリニッジグリーンが、百獣の王らしい鋭さをみせている。
   ぞくり、と背筋が泡立つのを泉は知覚する。ああ、本当にこの男は。鼓膜を震わした熱を、泉はきっと当分忘れることはできない。「だから、あんまり煽らないで、セナ。ちゃんと時期が来たら、例えセナが強請らずとも傷をつけることになるから」と低い声のまま付け加えたレオに、熱に痺れてしまった泉はただ頷くことしかできなかった。 


(20170813/コルレオニスの焦燥/レオいず♀)
▷アイスキャンディーを食べている泉ちゃんは、とても可愛いしとてもどきどきするな、という話。タイトルの通り、泉ちゃんの所作のひとつひとつにどきどさせられているので、レオくんの心臓は日々もたないのだろうな、と思います。
/2017.12