桜町キャンバス

学校から歩いて少し、曲がり角のその先にあるちいさな丘。

そこからは街を見渡せることができたのだった。

 

 

桜町キャンバス

 

 

「好きってどういうことだと思う?」

 

そんなことを聞いてきた黒髪の少女はまた筆に水を含ませる。

腰掛けたベンチからは街の様子がよく見渡せた。

『描きたいものを描きなさい』という内容の課外授業。

 

「さあな、人それぞれじゃないのか?」

パレットに広げられた桜色でスケッチブックを彩る。

ここに萌黄色、ここに若草色。

「じゃあシンタローはどう思っているの?」

水彩絵具の滲みが境界線を淡く、濃く。

「俺か?俺はその子に心惹かれることだと思うな。」

くくっ、猫のような笑い声は隣の君から。

「なんだか国語の模範解答みたい。」

蒼い空から桜がひとかけら、ふたかけら。

春はすぐそこにあるもんだな、と呟いてまた紅色を取る。

「そういうアヤノはどうなんだよ。」

仕返しのつもりで聞いてみたら、彼女はふっと笑んで筆を置いた。

「分からないなぁ。」

「なんなんだよ、俺に聞いておきながら。」

彼女のパレットには春が咲いて、この街に似ている、なんて。

「私は完成したよ、ほらシンタローも早く!」

その笑みがひだまりみたいに柔らかいな、なんて。

「美術の先生に怒られちゃうよ、あ、すずめ!」

そんな様子を見ているときゅっと心が締め付けられて。いたい、なんて。

「分かった分かった、これでいいだろ。」

 

学校の窓からの絵を、ひらり。

「これじゃ課外授業にならないじゃん。」

「いいだろ。描きたかったのがこれなんだから。」

ほんとうはちがうんだけど、とおもってみて。

 

ああ、なんて馬鹿なんだろう。

 

「さあ、帰るぞ。今3時だから間に合うか間に合わないかの瀬戸際だぞ。」

 

丘を駆けてゆくふたりは楽しそうで。

 

ひらりと春風がスケッチブックを一枚めくって。

桜町のキャンバスに描かれた二人の影は。

 

 

(きっとその意味は)

(馬鹿みたいに愛しく思える、この想いのこと)

 

 

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