色を刻む空を君と

そして彼らは、くすりと笑いをこぼしたのだった。

 

 

昨日発、明日行き

 

 

昨日発、明日行き。まもなく到着します。
 
水晶のような星。 相反するような影の落ちるプラットホーム。
 
月の上でぴょこぴょこと一匹、うさぎは跳ね る。
響き渡るその声にまどろんでいた少女は目を覚ました。
開いた瞳は、さみしいと語った。
 
ぎゅっと握りしめていたうさぎの人形は何処へと。
 
月のうさぎはひとりぼっち。
 
「嬢ちゃん、あんた乗り遅れちゃうよ」
一人の初老の男は少女に声をかけた。
眠そうに目をぱちくりさせながら少女は逆に問いかけた。
「おじさんはどうして乗らないの?」
 
月でもちをつくうさぎの姿はおぼろげに。
 
あれ、うさぎのぬいぐるみ、どこだろう?
少女の瞳に不安が陰った。
「なぜだろうねぇ。乗りたくても乗れないみ たいなんだ。さあ、嬢ちゃん。早く乗りなさ いな。」
 
月のうさぎはひとりぼっち。
ひとりはいやだと砂漠で泣き叫ぶ。
 
「いやだ!乗りたくない。」
声を荒げた少女に男は微笑みながら肩を押し た。
「ひとりじゃないよ、嬢ちゃん。」
 
そっと男が指さしたプラットホームに立つ少 年。
あれ、どこかでみたことあるなぁ。
まっしろなブーツ。優しい青い目。
でも、その目はひとりはいやだと語っていた。
 
ああ、あのぬいぐるみにそっくりなんだ。
 
月のうさぎはひとりぼっち。
でも、そこにもう一匹のうさぎが手を重ねてきたら。
 
「あの子も怖いんだ。ひとりぼっちの明日が来ることが。」
「だから頼むよ、…藍ちゃん。」
 
そして押されるように明日行きの列車に乗り 込んだ。 あの子も一緒に。
ぷしゅと音がした。ドアが閉まった。 がたんと車体が揺れた。
驚いたように目を開くまっしろなその子はただ外を見つめていた。
 
あれ、と藍は思った。
私、自分の名前言ったっけ?
 
その時ようやく思い出したのだ。 あのおじさんに前、あったことがあることを。
 
おじさんがうさぎのぬいぐるみをくれたその ひとだったことを。
「いい友達になりなさい。決して寂しがらせちゃ駄目だよ」
そう笑いながらまっしろなぬいぐるみをくれたことを。
 
おじさんはいつまでもふたりに手を振っていた。
ぽうっと外を眺めていたその子も手を振るその人に気づいて手を振っていた。
 
互いの視線が交わって、くすりと笑いあった。
不思議な不思議な夜行列車は昨日をこえて、明日へと。
 
昨日発、明日行き。 毎晩その列車はやってくるという。
 ただ、乗り込むときのことを覚えている者は誰ひとりいないらしい。
 
 
(例え、あの不思議な駅での不思議な人々の事が夢でも。私は)