ササカマ・レポート

…朝からこんなことになるとは……油断していた。

どたどたという足音。歩田教頭のものだろう。

「梅野ーどこだ?」

ちっ、と小さく舌打ちしつつ、俺は周りの戦況を見回した。

現在地は、左坂間中学校二階。

階段もとの人ごみに紛れている。

手持ち用品は、教科書目一杯のかばんと溶けかけのバーゲンダッツ。

 

後、手に握った白紙のレポート。

 

敵は、一階を占領中。

出口は一階と屋上に存在している。

突破口は、

「屋上だ!」

神業と呼ばれる5段飛ばしで階段を駆け上がり、右折。

おお、幸運を祈る、などと中二生は笑いながら言った。

 

 

ササカマ・レポート

 

 

かちゃん、と鍵の開く音。

 

ドアノブをひねれば、青い空が広がっていた。

よしきた、だれもいない!そう思ってそろそろと足を踏み出し、ばたんと扉を閉じた。

念のため、ロックを三重にかけておく。

これであいつも入れないだろう。

 

これで俺の学園生活は守られた。そう思ったときだった。

 

隅のほうで必死に笹かまをかじる先輩が、敵がいた。

夏樹先輩。僕ら中一よりひとつ上の文芸部員。

突拍子のないことを言い出す、別名笹かま先輩。

 

なるほど、別名のわけが分かると俺は頷いた。

 

傍らには膨大な量のごみと笹かま。

何があったのか分からないがまずい、これはかなりまずい。

ただひとつ、分かっているのは。

見つかった瞬間即時アウトだ。

 

さてどうする、俺。

 

そろそろと扉の前に移動して鍵を鍵穴に差し込む。

ロックをひとつひとつ解除してゆく。

さっさと退散だ、最後のロックを解除したとき。ふと歩田教頭のぶてぶてしい声が聞こえた。

その時。

呆然と立ちすくむ俺の手元からバーゲンダッツがアスファルトへと。

 

落下した。

 

「なにしているの?梅野君。」

見つかった…。

たちすくむ。まるで蛇ににらまれたかえるだ。

先輩はまた、笹かまをひとかじり。

先輩の家の食費代の半分はこれか、と思う。

 

白紙のレポート用紙がひらり、宙を舞う。

 

「いや、あの、歩田から逃げに来ただけなので」

 

刹那の静寂。そして、

 

「笹かま、いる?」

 

家族にその食費代を有効活用してください。

そう思ったが差し出された笹かまを断りきれず、口に放る。

 

「あ、分かった!レポート出さなかったから先生に咎められたんだね!」

痛いところを突かれて、俺は静かに目を瞑った。

「へへっ、そうでしょう。あたりー!」

 

大きな丸い茶の瞳がさらに見開かれる。

 

「書きたいものを書きなさいなんて無理な話なんですよ」

やや、突っぱねた口調で言ってみても先輩はいつものように笑う。

「眠い」

笹かまをくわえながら先輩は言う。

「レポートくらいちゃっちゃと終わらせなよ」

 

蒼空で一匹。うみねこが鳴く。

「鳥になりたいな。」

「なぜですか」

「空の上からせかいが見れるから。」

「へー。先輩らしくないですね。」

…会話がかみ合ってないし、先輩は突拍子のないことを言い出すし退屈するけれど。

「…先輩、また来ていいですか?」

「私がいるかは分からないけれどね。」

 

くすりと微笑む先輩はいつまでもそこで笑っていた。

 

その後、歩田にこっぴどく叱られたのは別の話。

その後、その先輩の色々な顔を見たのは別の話。

 

これは、先輩と俺の話。

「ササカマ・レポート」

 

(波乱万丈、摩訶不思議!)

(おかしな先輩とのおかしな学園生活のレポート)