ふと泣きたくなることがあるものだ。
例えば、今、のように。
Xの二乗=
ふと、目を覚ました。
蒼い空にソーダ色の点粒が散らばっている、そんな優しい夜の日。
温かい、というよりはぬるい温度のハーブティーを一口。口に含めば仄かな甘味と塩の味がしみていく。
ふう、とため息をつくと頬に何かの跡がついていることに気がつく。これは、涙?
ああ、どうやら自分は寝てしまたらしい、と気づく。数字の羅列が踊るノートは「X=‐4の時 Xの二乗=」で止まっている。
「なにかの二乗は確か必ずプラスになるんだっけ」
ぱらぱらと黄色い表紙のノートをめくると、明らかに自分のものではない雑に描かれた答えを見つけた。
あれ、どこかで見覚えのある字だなと回らない頭で思う。
ああ、君の字によく似ているんだと気づく。
いつだって君は優しかった。
いつも我侭な自分勝手な行動にも「仕方がないなぁ」と笑って付き合ってくれる君はなぜだかとても字が汚い。
「綺麗に書きなさい」というコメント付きでよくノートを返されていたっけ。
そのくせに君はとても頭がよかったから、よく頭を押し付けあって教えてもらっていたっけ。
「全く、この計算もできないの?」笑いながら紫色のアイスキャンディーをほおばる君にノートを返す。
「わかるわけないじゃん。Aの二乗は何になるのかなんて」ふんと鼻息をあらく空色のアイスキャンディーをかじる。
「簡単だよ。
例えば悲しみと悲しみが立て続けに来たとしてもそれは無駄にはならないから。
だから何かの二乗は絶対にぷらすになるんだ」
「ふうん。面白い理屈だね」
滴るソーダの滴はいやに眩しかった。
ずっと、ずっとこんな日々が続けばいいと思った。
君が笑って、自分も笑って。
そう、あれは今日の放課後だった。
「僕、好きな人がいるんだ」
紫の紫陽花が色めく花壇の中君は僕に笑った。
心底困ったというように。ああ、そんな顔をされたら。
「誰?」
「隣のクラスの、緑のメガネをかけた吹奏楽部の子」
ふうん、としか答えられなかった。足もガタガタ震えていて動けない。
「想いはすぐに色あせちゃうよ、だからね」
「気づいたら言わないと、いつか。きっと後悔する」
そう、きっと今までの中で一番美しくて一番悲しくはにかんだんだ。
ああ、思い出した。
ああ、気づいた。
私は。きみに。
ぶるりと振動する携帯には新着メールが一件。
「Re:ありがとう」というタイトルを見て一粒雫が伝った。
思いはすぐに色あせてしまうけれどこの想いは、初恋は。
「悲しみと悲しみが立て続けに来たとしてもそれは無駄にはならないから。
だから何かの二乗は絶対にプラスになるんだ」
鋭い月が睨む中、君の教えてくれた屁理屈の公式を使って答えを書き込む。
冷めたハーブティーをすすれば涙の味しかしなかった。
ばか。ねえ、なんで。
滲むしかいは晴れないまま。
レモンの花言葉: 「心からの思慕」
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