天界にて

 開演ブザーが鳴り響く。ガラスが張り巡らされた純白の舞台は、ライトに反射して、まさに天界のよう。降り注ぐスポットライトはまばゆいばかりで、先に舞台へと向かったあのひとの纏う黒い衣装が、ステージにしるされた染みのように北斗の目に焼き付いた。

 ステージ上に立つあのひとに対して湧き上がるのは、よろこびの歓声ではなく、怨嗟の滲んだブーイングたち。あまりに不当なその言葉に、唇を噛み締めることしか北斗にはできなかった。紛れもなく、ここは断頭台で、開演ブザーは処刑の合図だった。
 幕は上がってしまった。黒い衣装を纏ったあのひとは、幸福を装ったこの断頭台で、うつくしい終劇を演じきるのだ。知覚することを忘れた氷の目をした天使に首を切られて、誰かのための「物語」のハッピーエンドのために。

 あのひとがステージの向こう側でわらっている。ひとすじの流星みたいな髪の束を惜しげもなく垂らしながら。口角をきつめにあげて、睫毛の奥にかくされたアメジスト色の二つ目に意思をはらんで。まるで、人々を無慈悲になぎ払ってきた悪逆非道の人物であるかのように。

 けれども、北斗は知っている。あのひとは、あまりに「悪役」には相応しくないことを。多くの人々に罵倒され、指をさされるべき人物ではないことを。あのひとは、あまねく人々を愛そうとしていて、あまねく人々の幸福を願おうとしていた。どこまでも人間性というものを尊んでいて、どこまでも人々の幸せのために、その才を披露していた。そうして、このちっぽけな世界に愛と驚きを振りまいていたのだから。紫水晶の二つ目に滲んでいたゆらぎのない透明色に、北斗は気づいている。

 しかし、その才故にあのひとは孤独であった。舞台にて踊るように弧を描いた銀河いろの髪先、気品を損なうことのない足取り。その唄声は誰かの心を絡めとり、その仕草ひとつひとつがひかるように精緻でうつくしい。そんなあのひとの才が、あのひとを孤独にしてしまったのだ。

 けれども、北斗にはあのひとを止めることはできなかった。あのひとの才が、北斗と間の距離を遠くする。ステージ上、否断頭台にて刑に処されようとするあのひとの孤独を、北斗は受け止めることが出来ない。あのひとの髪先の一本だって、つかめやしないのだから。

「出てきなさい、」
 視線が合う。にせものの祝福のスポットライトを受けているあのひとと、ステージの影で唇を噛み締めている北斗。光のなか、わずかに寄せられた形のよい眉に、寂しさを覚えた。理解に苦しんでいた、けれど憎むことなんてできやしなかったうつくしい演者。今悪役を演じるあのひとの中に、もしも寂しさがあるとしたなら。垣間見たように思えた、あのひとのこころの一部。それをつかまえようと北斗はステージへ躍り出た。

 怨嗟の声が、また一段階跳ね上がる。天界を模した此処は、やはり断頭台に違いがない。人の心をうしなった天使たちは、つめたい拍手送り、観客たちもそれにならう。けれども、あのひとは、侮蔑のこめられたそれを受け止め、演者らしく綺麗にわらってみせるのだ。

 時が止まったような。その表情が、夕焼けに融解してゆく寸前こぼれ落ちた光みたいなその表情が、どこまでも「日々樹渉」という人物のありのままであったから。


 北斗は誓う。「日々樹渉」という人物の孤独に寄り添うことも、その髪の先っぽを掴むことも叶わない。それならばせめて、五奇人としての終幕を告げようとするあのひとの最期くらいは、一番傍で見届けてやろう。それくらいしか、花向けとしてたずさえることのできるものはないのだから。


(20160902/天界にて[追憶*集いし三人の魔法使いイベント]/北斗と渉)

▷エレメンツイベント、ホッケーマスクの衝撃たるや。エレメンツを読み終わり、放心状態のまま、部屋の隅っこでぽちぽちとこの話を打ち込んでいたら、いつの間にか日付が変わってました。