流れ落ちる時を君と

いつの日でも夜は訪れる。

沈んだ雰囲気を纏いながら。
僕はそんな夜に

 

怯えていた。

 


流れ落ちる時を君と

 


淡い色の月光がリビングを照らす。
部屋は怯えた僕を暖かく包んでくれた。
「とりあえず紅茶でも飲もうかな」
誰もいない深夜のリビングに呟く。
そして台所へ向かい、ポットでお湯を沸かす。
一つ溜息をついて、ソファに座る。
「おかしな夢を見たな。」

昔の夢を、見た。
誰からも信じてもらえなかった幼い頃の夢を。
その夢の中で僕は泣いていた。
けれど僕はそれを誰にも見せなかった。
だから皆から。

嫌われていた。

手を伸ばしても、恐れを抱いた冷たい瞳で見つめ返される。
絶望の日々。
それを欺いた笑顔の仮面を外さないように気をつけながら過ごす。
「ねえ、今の僕は笑っているの?怒っているの?」
路地裏でそう呟く夜。

夢はここで途切れた。

 

かちり。
沸騰したことを示す赤のランプが点滅する。
白磁のティーカップを取り出し、お湯を注ぐ。
「僕は、笑えているのかな。
皆が安心するような笑顔かな。」
はは、と自嘲気味に笑う。
一口、紅茶をすする。
「そうじゃなければ、僕がここにいる価値ないじゃないか」

不意に後ろで気配がした。
深緑色の艶やかな髪が肩にかかる。
誰なのかなんてすぐに分かった。
「…つぼみ」
そっと君の名を呟く。
わずかに目を細めながら君は笑う。
「気づいていたのか?」
「ううん。今気づいた。」
「そうか。」
しばしの沈黙が二人を分かつ。
「どうしたの?」
「…昔の夢を見たんだ。
誰にも見てもらえなかった幼い頃の」
君の瞳に怯えの色が見えた気がした。
「奇遇だね。
僕も昔の頃の夢を見たんだ。
誰にも信じてもらえなかった幼い頃の」
ティーカップをもう一つ取り出す。
「いる?」
君は何も言わなかった。


ただ。

かしゃん。
ティーカップが床に落ちる。

ただ。
僕の身体をぎゅっと抱きしめてくる君がそこにいた。
「あんなこと言うな。」
「しゅーや」
抱きしめてくる君の手はとても冷たくて。
久しぶりに呼ばれた僕の名前は暖かく部屋に響いて。
僕は驚きながらも、君の頭を撫でる。
流れ落ちてゆく時を君とともに過ごす。
「何のこと?」
「とぼけるな」
しっかりとした口調の君。
目はとても悲しそうな輝きを映していて。
「さっき、笑っていなければ自分がいる価値はないって言ってただろ」
「どこから聞いていたの」
深夜の空気は僕らを突き放す。
「最初から」
君はため息をつく僕に囁く。
「もう、あんな事言わないでくれ。
笑ってても笑っていなくても俺はお前が隣にいてほしい。

たとえ、それが俺だけだとしても、だ。」
暖かなその言葉は僕の心に響く。
それを伝えたくても嗚咽しか出てこなくて。
頬を伝う雫が茶髪をぬらし始めた。
「ありがとう」
やっとの思いでかすれた声でつむいだ言葉。
でも、その後の言葉はどうしてもつむげなくて。
代わりに小さな笑みを作ると、君はまた笑う。


「そろそろ、戻ろう」
「そうだね」
落ちたティーカップを流しに置き、僕は頷く。
「じゃあね。また明日」

そう告げて僕らは自らの部屋に戻る。
僕は、つむげなかった言葉をいつ君に告げようと考えながら。

 

 

(言えるわけないよ)
(幼い頃から、僕は君を見ていただなんて)
(君がいたから、今日の夜に怯える事がなかっただなんて)

 

 

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