夏空に揺れる明日の色は

アリスブルーに染まった空にとけた、私の思い。

ローズカーマインに滲んだ、俺の思い。

 

アネモネに込められた、言葉を抱いて。

 

 

夏に揺れる明日の色は

 

 

What color is a blue color?

The color of tears and a summer color.

The color that was disliked by a hero.

 

蒼という色は嫌いだった。

だれかがそれを涙の色と呼んだ。誰かがそれを夏の色と呼んだ。

ふと、空を見上げればそんな蒼い色がめいいっぱいに広がっていて胸が苦しくなった。

日差しが海をいっそう蒼く染め上げた。

打ち寄せては帰る潮騒はやまない。

 

「アヤノ、大丈夫か?目が死んでいるぞ」

不意にかけられたその言葉は隣で眩しそうに空を見上げる少年から。

「…あ、うん。大丈夫だよ」

そう返して赤いマフラーを巻きつければ夏風がふわりとたなびいた。

「お前、いつだってそのマフラーをつけているな。暑くないのか?」

いつだって不機嫌そうな彼を見ながら、ふうわりと笑んだ。

「私はお姉ちゃんだから。ヒーローは明日を守らなきゃいけないから。」

「…へぇ。」

淡い海の色。空を駆けるひつじぐもは私たちをのんびりと追い越してゆく。

驚いたような、そんな表情をする彼は片手にソーダ缶をゆるゆると振った。

後でその缶を開いたらどうなるんだろうな、その結末を思ってくすりと笑いが零れる。

 

「で、なにかあったのか?」

夏風が隣をすり抜ける草原の上、ふたり。

彼がくれたアップルティーを口に含めば甘さが広がって。

「なんにもないよ。ただシンタローと話がしたくて。」

だって、その続きを飲み込んで口元を広げた。

 

「なあ、ヒーロー。」

その言葉にちょっぴりの驚きとともになあにと返せばぼうっと空を仰ぐ彼は笑っていた。

「ヒーローが嫌いなものはなんなんだ?」

そっと思い返して、私は赤い髪留めを留めなおしながら答えを探す。

 

「空と夏、みんなが悲しむようなことと涙」

知らず知らずに言葉が零れた。

彼がそっとソーダ缶をあおって、少し驚いたように笑んだ。

「蒼いものばっかだな。」

「…そうだね。」

蒼い色は、涙の色。流してはいけない色。

だから私はその色を嫌った。

そんな色に染まる空にはなぜだかいつだって眩しい。

だから同時にそんな色に憧れた。

 

見慣れたラベルのその缶をゴミ箱に放る彼を横目で見ながらすっかりぬるくなったアップルティーを口に含んで。

「じゃあ、ヒーローが好きなものはなんなんだ?」

ああ、それは簡単じゃないか。

「ひとのぬくもりと笑顔、夕焼け空とアネモネの花、朱色と幸せ」

少し目線を上げて彼は問う。

「ん?どうしてアネモネなんだ?」

口元に私はそっと人差し指を立てた。

「内緒。ヒーローだって秘密があるんだからね」

ああ、そうかというようにすねたような彼を見ているとくくっと笑いがこみ上げてきた。

 

不意にぎゅっと手を握られる。

びっくりして彼の顔を見れば黒い瞳にとけている少しの悪戯心。

「ひとのぬくもりが好きなんだろう?」

勝ったというような彼を見て零れた笑い声を海風がさらう。

明日があればいいなと思った。

そして願わくば明日も、明後日も。その明日もこんな日々が続いていけばいいのに、なんて。

でも、君とともに明日を笑うべきなのは私じゃない。

私には君の手を握り返すことしかできないのだから。

 

そっと腕時計を見れば8月15日の1時を指している。

ああ、もうおわかれの時間だ。

 

握ってくれたその手を振りほどきながら、私は笑った。

マフラーをぎゅっと巻いて、夏色の世界のなかで。

 

「シンタロー。ありがとう。バイバイ。」

緩やかに潮風が私の髪をなびかせる。

「ああ、また明日。」

 

そう笑った少年に少女は言葉を返さなかった。

 

蒼い蒼い空を仰いで眩しさに目を細めた。

 

君の隣にいて明日を笑いあうべき相手はきっと君の手を強引にでも明日へと引っ張っていく、眩しい蒼い子。

 

アリスブルーの空の下告げた別れの言葉と思いは大嫌いな色にとけていった。

 

 

What color is a blue color?

The color of tears and a summer color.

The color that was disliked by a hero.

 

The color that a hero longed for.

 

(蒼い色は何の色?)

(涙の色と、夏の色。)

(ヒーローに嫌われた色。)

(ヒーローがあこがれた色。)

 

* * *

 

アップルティーに小さじ一杯の砂糖を加えてくるくるとかき回す。

ほら、甘い甘い夕焼け色の紅茶が出来上がり。

 

そっと棚の上から便箋を取り出して、ふっと息を吐いた。

 

ああ、きっと私は怒られちゃうな。

未開封のその便箋セットを空けて、筆箱からお気に入りのペンを取り出してしっかりと握った。

 

一輪挿しに揺れる、朱色。

この時期には不釣り合いな花の花言葉が私は好きだった。

それでもそれは今の私にはあまりにも不釣り合いなものなのだ。

 

ごめんね、今日の夕飯ハンバーグじゃなくなっちゃう。

あどけない、まだ少年と少女の間をさまよう彼らに昨日そうお願いされたのを思い出して、ごめんねと謝った。

 

私はおねえちゃんだから、皆が笑っている明日がほしいんだ。

  

不意に手紙が滲んだ。

可笑しいなぁ。私は涙の色なんて嫌いなはずなのに。

いつのまに暮れた空には朱色が滲んでいた。

 

 

What kind of color is a red color?

A sunset color and color of the happiness

The color that you loved and…

 

 

朱という色が彼女は好きだった。だれかがそれを夕暮れの色と言った。誰かがそれを笑顔の色だと言った。

ふと空を見上げてみればそんな朱色がめいいっぱいに広がっていて胸が苦しくなった。

 

それは8月14日の夕暮れどきのこと。

電子の海に蒼い電脳体ふらりと旅立ったその後。

 

いつもかっこつけのシンタローへ。

そんな言葉から始まる懐かしい筆跡の手紙が届いたのだった。

それはポストの中に当然のように入っていて。

それでもそれは二年の歳月を感じさせる黄ばみを帯びていたのだ。

きちんと糊付けされた封筒を開けば、朱い折り鶴が顔を覗かせた。 ぼろぼろな翼は触ってしまえば砕けてしまいそうで。

それでもそっとそれを手にとって、窓辺に飾った。

 

そっと息を吐いて、俺はその手紙を開いた。

 

「拝啓、いつもかっこつけのシンタローへ。

久しぶり、だね。きっとシンタローがこの手紙を読んでいる頃は私はいないのでしょう。

私はシンタローと一緒に明日も笑いあいたいと思っていました。

でも、それでも私はシンタローが誰かと笑いあう、そんな明日がほしかったのです。

 

私は明日もシンタローの隣で笑う役はできないのです。

シンタローの隣にはには私のようにその手を温める人じゃなくて、その手を引っ張っていってくれる人がいるべきだ、と。

 

きっとその人はシンタローが目を細めるくらい眩しい人でしょう。

でもその人は涙を流したからこそ、人の手を引っ張っていける人なのでしょう。

ちょうど、涙の色をした蒼い空がやけに眩しく綺麗に見えるように。

 

今、シンタローがそんな人と一緒に明日を抱いて笑っていますように。

                           」

 

馬鹿。そう呟いた。

その手紙はぼろぼろだった。ちょうど涙をこぼしたように。

その字は震えていた。嫌だ、と思いながら書き綴ったように。

 

それでも君はいなくなってしまった。

 

いらない、引っ張ってくれる人なんで。いらない、手を温めてくれる君がいない明日なんで。

夕暮れが部屋を朱く染め上げた。

 

 

「ご主人。」

不意に聞きなれた声がした。

目の前のPCから蒼い光が溢れて、電脳体の少女がふっと現れた。

「ご主人。前を向きましょうよ。過去だけを見つめて塞ぐのはやめにしましょう。」

 

「ふざけるな!俺にアヤノを忘れろというのか!」

咄嗟にプログラムの消去ボタンを押そうとした俺に電脳体ははっきりとした口調でゆっくりとこう言った。

 

「忘れるんじゃないんです。焼き付いてしまったその過去は忘れられません。だから逆にその記憶を抱いて生きていくのです。」

 

「迷ってしまったら私が手を引いてあげます。時には間違えてしまうこともあります。電脳体だって完璧じゃないです。それでも笑いあう明日へと私は引っ張っていきます。」

 

そして彼女は笑った。涙色に染まったその手を差し伸べながら。

それはあの日見たあの目を細めた蒼い蒼い空を思い出させた。

 

そしてそっと少年は蒼い少女の手に自らの手のひらを重ねた。

 

「そういえば、アネモネの花言葉って知っていますか?」そう問えば彼は首を振った。

「アネモネの花言葉は「明日の希望」なんですよ。」

 

 

What kind of color is a red color?

A sunset color and color of the happiness

The color that you loved and the tomorrow's color that I prayed

(朱い色は何の色?)

(夕焼けの色と幸せの色)

(君が愛した色と)

(明日への希望の色)

 

 

(夏に揺れる明日の色は)

(指指ししてくれた鮮やかな君の色)

(手を引く眩しいキミの色)

 

 

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